チンピラを撃退する
「ああん? なんだてめぇは。伝承に出てくる勇者様かなにかのつもりかぁ?」
男達のリーダーが鼻で笑いながらそう言ってくる。その態度にはあからさまな嘲りの感情が見て取れた。
「うっせーよ。ただ、お前らみたいな恥を知らねー馬鹿が嫌いなだけだ」
それは本心からの素直な言葉だったが、浩一という人間は、本来このような行動を取れる男ではない。もっと臆病で、日本でならば見て見ぬふりをしてしまうタイプだ。
だが今は、異世界に召喚されたという状況と、チートな戦闘能力を得ているという現状に、やや酔ってしまっている。それに、万が一死んでしまったとしても、現代日本で生きている自分に害があるわけではない、という思考。それ故に、こんな行動を取ることが出来るのだ。
「恥だぁ? んなもん気にしてたら、俺らみてぇな連中は生きていけねぇんだよ!!」
そう言いながら、リーダーはその手を浩一に向けて指す。するとそれに合わせて、リーダーの後ろに控えていた弓使いが矢を放ってきた。
普通に考えれば、その矢はかなりの速度で浩一に迫ってきたはずだ。が、どういうわけなのか、浩一はその矢の動きをきちんと認識し、目で追うことができた。
「シッ」
素早く剣を抜き、矢を打ち払う。……ついでのように、その際に剣の振るわれた方向に、また光の刃が飛んでいった。
「あ、やべっ」
幸いその方向には人がいなかったので、人を斬るようなことはなかった。が、その光の刃を見た男達は、一様に驚愕の表情を浮かべている。
「ま、魔剣使い……?」
男の一人がそう呟くと、リーダーの顔が強張った。そして一歩、後ずさる。明らかに怯えている。浩一も、男達の表情や体の強張らせ方を見て、なんとなくそれを悟った。
「なんだよ、怖いのか?」
言いながら、手に持った魔剣をチラつかせる。
「う、ぐ……」
「なあ、どうする? 魔剣使いと戦っても、俺達なんかじゃ……」
「そ、そうだよ。こんな近距離で、あんな簡単そうに矢を斬り払うようなやつ……」
周囲の男達がリーダーにそう言うと、数秒だけ考えたあと、リーダーは自分の仲間に向かってかすかに頷いた。それを見た他の連中も頷く。
「きょ、今日のところは見逃してやる! 憶えておけよ!?」
そう言い残し、リーダーを先頭に男達は一目散にどこかへと逃げていってしまった。もちろん、さっき蹴り飛ばされたまま気絶していたらしい、ローブを着た男も担いで。思わず目を点にしたまま、走っていく連中を見送る浩一。
「あんな小悪党のテンプレゼリフ言うやつ、本当にいるんだな」
呟いてから魔剣を鞘に収め、後ろに振り向く。するとそこには、先ほどまでと同じように、女性が転んだままの体勢でいた。その姿を見て、浩一の時間が一瞬止まる。なぜならその女性が、モロに浩一の好みだったからだ。
腰まで伸びた、燃えるように赤い髪。鋭く切れ長の目に、髪と同じく真紅の瞳。しっとりとした褐色の肌。そして、ブレストプレートをあからさまに持ち上げている、大きな胸。
「……子供なのに、大人をいやらしい目で見るのね」
その言葉に、はっとする。思わず欲望のままにその頂きを凝視してしまっていた。
「ご、ごめん! つい……その、ごめん」
「……はぁ。ま、いいわ。助けてくれたんだし、それくらいはお礼として我慢しないとね。そういうのに興味のある年頃だろうし」
完全に子供扱いである。しかし、それも仕方ないだろう。今の浩一は17歳。対して目の前の女性は、ポップアップしている表示を見るに、32歳と倍近い年齢差だ。他に名前や冒険者ランクというのも見えるが、それを言っていいのかどうかわからないのでやめておく。
「つぅ……!」
立ち上がろうとした女性が、声を上げて顔をしかめる。見ると、その足首に青い痣が出来ていた。
「怪我?」
「ええ、あいつらにやられてね……くっ、貴重品じゃないアイテムは連中に預けてたから、ポーションも無いわね。どうしたものかしら」
このままでは立って歩くことも出来ないのではないか。そう思った浩一はインベントリからポーションを取り出そうかと思ったが、それよりも魔法を試してみたかったので、光魔法を使うことにする。
女性の目の前に屈み、足首に右手を伸ばす。
「ちょ、なにする気!?」
「治すだけだよ。……『ライトヒール』」
女神に流しこまれた情報の中には、この世界の魔法の知識もあった。それは当然『ストーリーオブファンタジア』のものとは違ったが、問題なくこの世界の魔法を使えるように、自分に与えられたスキルは調整されているようだった。
果たして浩一の右手からは淡く優しい光が放たれ、その光を浴びた女性の足首の痣は、見る間に消えていった。
「あなた……魔剣だけじゃなくて、魔法まで使えるのね。その若さですごいじゃない」
その言葉に、浩一はついつい苦笑してしまう。別に、この世界で魔法を使う努力をして得た力ではない。ただ、好きでやりこんでいたゲームの力を与えられただけだ。
「それより、足はどう? もう立てる?」
「ええ、もう大丈夫みたい。ありがとうね」
答え、女性が立ち上がる。それを確認した浩一は、自己紹介することにした。いつまでもこのままでは会話しづらいからだ。
「俺、浩一っていうんだ。お姉さんは?」
実際にはポップアップ表示でもう名前だとかは知っているが、それを説明してはいけない気がしたので敢えて本人に聞く。すると女性は一瞬だけ躊躇ってから答えた。
「……私はフローリア。ランク8冒険者のフローリア・ガイエンよ」
「そっか、フローリアさんっていうんだ。よろしくな」
浩一がそう返すと、数秒の沈黙。どうしたのかと首を傾げる浩一と、戸惑ったような表情のフローリア。
それからさらに十秒近い沈黙の後、フローリアが口を開いた。
「……もしかして、私のこと知らない?」
「え、もしかして有名人?」
「いや、あの、えっと。……そう聞かれて、自分で「そうだ」なんて答えたら、まるで自意識過剰みたいじゃない」
溜め息とともにそう返された。
「あれ。俺、なんかしちゃいけない反応だった?」
素でそう訊ねるが、フローリアは眉根を寄せてジト目で見てくる。
「いえ、そうじゃないわ。ええ、うん。あなたに問題があったわけじゃない。……長いこと冒険者やってきて、少しは名前が知れてると思ってたけど、どうやら勘違いしてたみたいってだけの話だから……」
なんだかその場で蹲りそうな勢いだが、それは遠慮してもらう。
「そんなことよりフローリアさん。俺、この辺りで街でも村でもとにかく人の住んでる土地があったら行きたいんだけど、わかるかな」
「そんなことって」と呟きながらもフローリアは一瞬考え込むような素振りを見せた後、正面から浩一の顔を見ながら口を開く。
「……普通は初対面の相手に呼び捨てされるなんて嫌なんだけど、あなたは恩人だし、さんはいらないわ。呼び捨てで呼んで。それで、街だけど。私がこの森に来る前に数日滞在した所があるから、そこに案内するわ」
「あ、本当に? それじゃ、その街に案内頼むよ。……よろしく、フローリア」
「ええ、こちらこそよろしくね、コーイチ」
どちらからともなく手を差し出し、軽く握手を交わす二人だった。