草原での目覚め
草原のど真ん中で、芦原浩一は目を覚ました。
23歳、フリーター。趣味はゲーム、特技もゲーム。寝ても覚めてもゲームの事ばかり。友人は少ない。安アパートに一人暮らしで、収入のほとんどをゲームに費やし、生活費に割いていた金額は人間が生きていけるギリギリ。
そんな彼が、この異世界のとある草原、そのど真ん中で目を覚ました。
「マジかよ……」
声に含まれている感情は驚き、呆れ、そして喜び。
――――そう、喜びも含まれている。なにせ異世界だ。剣と魔法のファンタジー世界だ。ゲームを好む一定の層なら、心躍らないはずがない。ましてや彼は重度のゲーム好き、いやゲームマニアである。こんな日を夢見たことが無いと言えば、嘘になる。
「俺、今、本当に……異世界なんて場所にいるん、だよな?」
まだどこか夢うつつ、現実感を伴わない口調。これを現実だと、そう思っていいものかと疑ってしまっている。
が、その瞬間。浩一の脳裡に、ある情報が流しこまれる。
「うお……っ!?」
それは、この世界の簡素なデータと、自分に与えられた能力の使い方。とはいえ、その量の多さには少し目眩がする。
仕方あるまい。なにせ、彼が召喚される直前にプレイしていたゲームは……一つではない。右手で据え置きハードのRPG、左手でスマホのRPG、口に咥えたタッチペンで携帯ゲーム機の育成SLGの三つだ。溜まり過ぎた積みゲーを解消するために浩一が生み出した、必勝のプレイスタイルである。なにに勝つのかは知らないが。
「えっと、ステータスオープン、って言えばいいのか……うおっ!?」
浩一の視界で、空中に文字が浮かぶ。
名前:コウイチ・アシハラ
年齢:17歳 レベル:1
STR:62 VIT:80 DEX:39
AGI:57 INT:11 MND:23
スキル
剣術:LV10 近接戦闘:LV9 闘気操作:LV10
炎魔法:LV3 水魔法:LV2 光魔法:LV3
召喚魔法:LV9 魔物従属:LV10 魔物使役:LV7
騎乗:LV7 動物好感:LV8 料理:LV10
ユニークスキル
課金 インベントリ
「これが俺のステータスか……ってちょっと待て! 17歳ってのは――――」
現代日本での自分の年齢は23で……と、そこまで考えたところで頭の中に流しこまれた情報の中から答えを見つけた。この世界に送り込まれた日本人が活発的に活動できるように、全員の肉体年齢を10代後半に揃えているらしい。後半という範囲の中で多少の差異はあるらしいが。
それに納得した浩一は、次に自分のステータス内のパラメータに注目する。
「これって高いのか低いのか……この世界の基準がわからないから、なんとも言えないな」
判断しようがない以上、そこは悩んでも意味があるまい。そう切り替えて、次にスキル一覧に目を向ける。
剣術、近接戦闘、闘気操作、炎魔法、水魔法、光魔法。この6つのスキルは、右手でプレイしていた据え置きハードのRPG『ストーリーオブファンタジア』の主人公の能力だろう。レベル最大まで上げたうえで、隠しスキルもすべて憶えた主人公は、剣術と闘気による技だけではなくて、低レベルながら炎と水それぞれの攻撃魔法と光の治癒魔法を使えるようになるのだ。
と、そこまで考えて。スキルのレベルはもしかして10が最高なのだろうか、と浩一は思った。
『ストーリーオブファンタジア』の主人公は、レベル最大まで上げてあるのだ。ED後の隠しボスを倒して剣神という称号まで手に入れている。それを今の自分に与えられているなら、10が最高なのではないのか、と思ったのだ。生憎、それに関する答えは与えられた情報の中には無いようだが。
そして次のスキル。召喚魔法、魔物従属、魔物使役。この3つは、左手でプレイしていたスマホゲーム『召喚輝星サモンスター』から来たものだろうか。
ちなみに『召喚輝星サモンスター』は、召喚士見習いの主人公(操作キャラ)が呼び出したモンスターでパーティを組んで、そのパーティを操作して色々なクエストをクリアしつつストーリーを進めていくという、割とよくあるタイプのスマホゲームである。浩一がそれにハマった理由は、特に無い。強いて言えば、キャラのグラフィックが少し好みだったとか、そんな程度である。
しかし、召喚魔法はわかるが、魔物従属と魔物使役というのはどんなスキルだろうか。そう思いながらなんとなくスキル名を注視すると、突然文章が空中にポップアップした。
「あ、こうすると詳しい説明が見れるのか」
魔物従属:強さを示したモンスターを従わせ、仲間にすることが出来る。仲間になったモンスターは、召喚魔法の【亜空間領域】で収納できる。
魔物使役:召喚魔法で召喚した仲間のモンスターに指示を出し、操ることが出来る。
「……なるほど。元のゲームじゃ別に強さで従わせるわけじゃないけど、この世界で召喚士としての力を再現する際にこういう形になった……とかなのかな? まあいいや、あとでなにかモンスターと戦った時に、良いのがいたら従属させてみようっと」
召喚関連はこれでいいとして、さらに次のスキル。騎乗、動物好感、料理の3つだ。騎乗と動物好感はわかる。口に咥えたタッチペンでプレイしていた競走馬育成SLG『ダービー馬を育てよう!3』のプレイヤーキャラのスキルだろう。そういえば、「動物に好かれる」とかいうゲーム内容に対して特になんの影響もない設定があったはずだ。今、モロに異世界での自分のこれからに影響してきているが。
で、料理だ。これはなんだろうか。他のどのゲームにも、主人公やプレイヤーキャラの料理の腕前が出てきたことは無かったはずだが……。と、そこまで考えて、ハッとした。
「馬の餌か……?」
『ダービー馬を育てよう!3』では、馬の育成を手助けする新要素として餌の配合というのがあった。各馬に合った配合の餌を作ることで、成長の過程で馬に色々とスキルが宿るのだ。『シンクロ折り合い』だの『超仕掛け』だのというスキルが。浩一は、この名前を考えた開発スタッフのセンスを疑ったものだ。
……まあとにかく、料理スキルはそれの影響だろう。馬向けの料理を作っていたのには違いない……はず。
「で、最後がユニークスキルか」
スキルが表示されている順番を無視して、まずはインベントリを注視する。すると、やはり同じように説明文がポップアップ表示される。
インベントリ:日本人限定スキル。召喚された日本人は全員所持しているスキル。生物以外のありとあらゆる物品を収納出来る。収納量は無限大。収納中の対象の時間経過は別途設定でき、初期状態ではすべて停止する。この世界において『アイテムボックス』と呼ばれるスキルの上位互換スキル。
「なるほど、こりゃ便利だ。荷物をいちいち手に持ったり背負ったりする必要がないのか」
と、頭の中の情報に従って、『インベントリ』を開くことを念じる。すると『インベントリ』の表示から連なるように、所持アイテム一覧が現れる。
魔剣ヴィゾフニル プラチナスケイルブレスト 障壁の腕輪
極上餌 50個 極上特殊餌 50個 極上の鐙
ポーション 10個 マナポーション 10個 エリクシール 3個
魔剣ヴィゾフニルは『ストーリーオブファンタジア』の主人公の最強武器、プラチナスケイルブレストは同作品の最強防具だ。前者はストーリー中で主人公達を導いた鳥のヴィゾフニルが、終盤で死んでしまう直前にその尾羽根を剣へと変え託したもの。後者はクリア後にだけ潜れる隠しダンジョンに出てくるプラチナドラゴンを倒すと256分の1の確率で出てくる白金鱗というドロップアイテムを50個集めると作ることの出来る防具の一つで、胸当てをメインとした軽装鎧。物理・魔法どちらに対しても高い防御力を持っている優れものだ。
障壁の腕輪は『召喚輝星サモンスター』の課金アイテムで、所持していると他プレイヤーからの攻撃を防いでくれる。回数制限があるが、課金することでその回数を回復できるのだ。
極上餌と極上特殊餌、極上の鐙は『ダービー馬を育てよう!3』のアイテムだ。餌はどちらも、浩一が配合方法を極めた結果完成した最上品質のもので、馬の成長に良い影響のみを多く与えることが出来る。特殊餌の方はパラメータの恩恵は通常のものより少し劣るが、その分レアスキルを覚える確率が非常に大きく上昇する。そして極上の鐙は、どんな馬にでも装着させれば乗りこなせるようになる、というアイテムだ。暴れ馬を御するゲーム内イベントで必須だったものだ。
そしてポーション、マナポーション、エリクシール……。与えられた情報によると、これはラーデスティアが、日本人の死亡率を少しでも下げるために日本人全員に配った回復アイテムだ。ポーションは傷を、マナポーションは魔力を、エリクシールはすべてを回復する、らしい。
「至れり尽くせりだな……」
そして最後に、もう一つのユニークスキルである『課金』の説明文をポップアップさせる。
課金:コウイチ・アシハラ専用スキル。課金することでこの世界のアイテムを手に入れたり、本人の体力を回復させたり、障壁の腕輪の防御回数を増加させることができる。なにをするかで必要な金額は違う。
「……ソシャゲのシステムまんまのスキルかよ」
思わず呟いてしまう。とはいえ、決して悪いスキルではない、と浩一は
思う。障壁の腕輪の防御回数を増加させられるということは、嫌な言い方だが、金で自分の命を守れるということだ。
「それに俺、ソシャゲに課金しまくってたからな……まあ、ピッタリではあるか」
さておき。浩一は再びインベントリを開き、念じることで魔剣ヴィゾフニルとプラチナスケイルブレスト、障壁の腕輪を取り出す。すると、それらの装備は一瞬だけ空中にとどまった後、次の瞬間には姿を消し、気がつくと浩一の体に装着されていた。
「おお、これも楽だな」
鞘に収まった状態で腰に装着される魔剣。体に装着される鎧。右腕の手首にはめられた腕輪。一瞬で全身フル装備になっていた。
「うし、これでモンスターが現れても大丈夫だろうし、そろそろ………………あれ?」
その瞬間、気付く。この草原のど真ん中。ここからどこに向かえばいいのか、まったくわからないということに。
そういえば、インベントリの中にも地図のようなものはない。ここはどこか、どこへ向かえばいいのか、それがわかるようなスキルもない。頭の中の情報を探るが、現状を解決できるようなものはなにもない。
「ここまで至れり尽くせりだったのに、最後の最後で手落ちかよ……」
思わずそうぼやくが、確かにここまではサービスが良かったのだ。であれば、これ以上は望み過ぎというものだろうか。
サクッと諦めた浩一は、とりあえず鞘から魔剣を抜く。その刀身は、まさに『ストーリーオブファンタジア』の公式サイトで見た魔剣ヴィゾフニルの姿そのものだ。
それを地面に浅く突き立て、手を離す。数秒後、ある方向に向かって倒れる。
「……行ってみるか」
魔剣の倒れた方向に、浩一は歩き出した。