探偵狂奏曲#3
放課後のパソコン室。僕は数あるパソコンの中の1つの画面を注視していた。なぜ僕がパソコン室にいるかというと、後輩でありどうやら助手のような存在であるらしい小森くんに呼ばれたからである。つい先程のことだ。
「せんぱーい!パソコン部のイワシくんが先輩を呼んでますー!」
「魚が?」
「人間ですよー。岩清水でイワシくん、僕のクラスメートですー」
といったやり取りを経て現在に至る。
今僕の右にはそのイワシくん。左には僕のクラスメートでパソコン部の佐多。少し後ろのほうから小森くんもパソコン画面を覗いている。画面にはとある殺人現場の写真。
写真の中央には倒れた人の形のロープ。これはよくドラマなんかで見るアレだ。頭のあたりから血痕が広がっている。そしてその付近にはトロフィーが転がっており、台座の部分には血痕が付着している。手前にはテーブルと椅子。テーブルには白い皿と箸が、椅子にはクッションが乗っている。右奥の方には細長い木製のクローゼットとその横には写真に完全に移り切っていないものの観葉植物とみられる鉢がある。窓ガラスは割れており、扉は閉まっていた。
もちろんこれは現実のものではない。この写真の中から凶器を探せ、というゲームのもので、僕はここに呼ばれてこのゲームを解いてほしいとイワシくんおよび佐多から頼まれたのだ。
「すみません先輩、呼んでしまって。僕の手に負えなかったもので……」
小森くんがバネでもついているかのように頭を下げる。その頭の上にはいつものようにハンチング帽が乗っかっている。
「あーうん。いーよいーよ」
明らかな生返事で返してしまったが許してもらおう。2つのことを同時にできるほど僕は器用じゃないんで。
「どうでしょう。分かりますか?」
今度はイワシくんが話しかけてくる。
「あーうん。いーよいーよ」
「……返事じゃない…」
小さくつぶやくのが聞こえるが無視!————というか気が散ってしょーがない!
「まあまあイワシよ。見守っていようではないか」
お!良いこと言うな佐多。
「目を皿にしてな」
おい!思わず椅子を高速でぐるっと回転させると佐多、小森くん、イワシくんが一斉にびくりとする。
「ど…どうした?」
「佐多!どーして僕が目を皿にしてみられなきゃなんだよ!」
「え?目を皿にしてというのは”目を皿のように細くして優しく見守る”の意だろう?」
違う!
「お前はいったい皿のどこを見てるんだ!皿は丸いだろー?」
「え?…えっ?」
「目を皿にするっていうのは目を大きく見開くことだよ。何か探してる時なんかに」
「へぇー……物知りなんだな……お前」
佐多が言う。小森くんもイワシくんも今初めて知ったような表情だが……これ常識じゃないの?
「で?分かりそうなのかな?」
佐多……結局見守ってないじゃないか!—————とまあ、それはともかく。
「大体分かったよ。条件をもう一度確認していいかな」
「ああ。もちろんだ」
「まずこの写真において……」
僕は1つ1つ条件を確認していく。
(1)殺害方法は撲殺である
(2)凶器はまだ持ち出されておらず部屋の中にある
(3)ドアのカギは内側から掛かっていた
(4)セキュリティは甘い
(5)この写真に写っているものが殺されたこの人の部屋のすべてのモノ、家具である
この5つだ。自分の推理をもう一度吟味してみる。—————うん、大丈夫だろう。条件はすべて満たしているはずだ。条件の最後には『この写真の矛盾点より凶器の行方を当てよ』と書かれていた。
「ていうか自分で解かなくていいのか?」
ふと疑問に思ったので佐多に尋ねてみる。
「いやーこのHAREってサイトの難しくてさー。のくせして答えないからどーしてもわかんないのが気になってな」
「ああ」
なるほど。
「では……この写真にある矛盾点というものだが……」
僕が言うとイワシくんが叫んだ。
「窓が割れてるってとこでしょーか!」
「いや…そこではなくて…」
それはどちらかといえば不審点だろう。
「ではなぜ机の上にお皿だけが乗っているかというところですか?それもかなりキレイなお皿と見受けられます。何が乗っていたのでしょうか……」
細かいな小森くん!そこは気にしなくていいと思う!何か食べ終えた後ってことでいいだろう————というか僕の推理ではそこは関係ない。
「ええと……僕の考えではトロフィーが落ちている、という点だよ」
全員が閉口。次に口を開いたのは佐多だった。
「トロフィーが落ちているのの……どこが変なんだ?」
「よく部屋を見て欲しい。それから5つ目の条件」
「5個目の条件というと————この部屋のものはすべてこの写真に写っているというあれですか」
「その通りだ小森くん。さて、ここで1つ問おう。一体このトロフィーはどこに飾られていたのか」
「え……と」
イワシくんが考え込む。佐多はすぐ返してきた。
「そんなのあの戸棚の中だろ?トロフィーだから飾ってあったってのは安直だぜ」
あれはクローゼットだと思うのだが。
「佐多。お前こそ安直だ。犯人はクローゼットからトロフィーを見つけ出して持ち出して殺害してそしてまた再びクローゼットの扉を閉めたっていうのか?」
「ああ!」
「う……」
い…言い切られた…しかも即答。絶対根拠のない自信だろそれ!
「とにかく!その可能性は薄いから。矛盾点はトロフィーが落ちていること。そもそも扉占めてる暇があったらトロフィーに血を拭くだろ。わざわざトロフィーには血をつけておいて本物は見つかりにくいように血は拭かれているんだよ。トロフィー関係の別の人に罪をなすりつけたかったのかもしれない」
「じゃあ50歩……いや100歩譲ってトロフィーが矛盾だったとしてだ」
50歩も100歩も50歩100歩だが。佐多は続ける。
「だからな何だってゆーんだよ」
「だからつまり凶器はトロフィーじゃないってわけ」
そういうとイワシくんが頓狂な声を上げた。
「道理で!答えにトロフィーって3回打ったらロックかかったわけだぁ」
3回でロックって……パスワードじゃあるまいに。それに————と僕に考えたことを小森くんが質問した。
「イワシくん…間違ってたのに3回同じ答え打ったの?」
「うん。まず全角で。次に半角、後平仮名でも!とろふぃーってね」
そういうことか。
「でもでもでもでもですよ?凶器はまだこの中なんでしょう?」
「うん。イワシくんの言う通りまだ凶器は部屋の中だ」
「でもよー……これ撲殺なんだろ?この写真の中でほかに持ち上げて凶器として使えそうなのなんてないだろ」
「まあ普通に見れば」
「あ!ゴミバコか?」
え?ゴミバコ?そんなん何処にあるんだ?—————あ。
「もしかして佐多、あの観葉植物の鉢をゴミバコと……」
「……な、わけ…んなわけねーだろ!あ!わかった!皿だろいや箸だろ!いや待て観葉植物だな!」
ゴミバコだと思ってたね。
「いやそれも違う。皿は殴ると割れるし、箸はむしろ刺すだろ。観葉植物は持ち上げるのが大変だし……土が落ちているようにも見えないな。いいか?椅子の上のアレだ」
「クッションのことですか?
「違うよ小森くん。いいかい?あれはクッションじゃないんだよ」
「え?」
と言ったのはイワシくんだ。
「クッションじゃない?どういう意味ですか?」
「ブーブークッションだったとか」
今度は佐多が言ってくるが奴はフザけているのでスルーする。
「あれこそが凶器だよ。分かるかい?」
「えーと……あのクッション固いとか・・・ですか?」
「おお!なるほどイッサンすげぇ!」
そういえば小森くんは同級生からイッサンと呼ばれているのだったな。
「僕の考えではね。小森くんの言った通りだよ」
「固いクッションなんてクッションじゃねーよ!」
佐多が叫ぶ。
「だからクッションじゃないって言っただろー}
僕も叫び返した。
「あれはクッションじゃない、本当の凶器であってだね、トロフィーは犯人が凶器に見せかけてわざと置いたものなんだよ。つまりダミーだね。偽の凶器が用意されったってことはこれは計画殺人かな」
「あのさぁ」
今度はあきれたように佐多は言う。
「そんなダミー置いたって触ればクッション怪しいってなるだろ?なのにどーして犯人はそんなことしたんだよ。めんどーだなぁ」
知るかそんなこと!
「ゲームだろこれ。条件に当てはめて考えてみたらこうなったんだよ。いいか、これはあくまでゲームだからな!」
「ご……ご都合主義め……!開き直りやがって!」
「ゲームということも考慮して推理するわけですね!」
「その通りだ小森くん!とにかく僕の推理では凶器はクッション————のようなものだから」
「ではそう答えを入力してみます」
イワシくんがそういってキーボードへ手を伸ばしてきたので僕は椅子から立ち上がった。そういえばロックかかっていたんじゃ?と思ったその瞬間。
ガラガラガラ!
勢いよくパソコン室の若干建て付けの悪いスライド式の扉が一気に開いた。そして同時に。
「倉石灯絽いるかー?」
僕のことだ。声の主は男勝りな女のものすごく厳しい先生である。
「はい」
取り敢えず返事をすると小森くんが意外なことを言ってきた。
「先輩そんな名前だったんですねぇ」
「……」
知らなかったのか?小森くん……。まぁ僕自身そう言える立場ではないのだが。
「すみません。いつも先輩としか呼んでいなかったものですから」
「いーよいーよ。僕も人の名前すぐ忘れちゃうし」
イワシくんなんかはインパクト大で忘れづらいけど。……イワシくんの本名…何だっけな?いわし……いわ……まぁ、いいか。
「とーろって変な名前だよなあ」
おい佐多よ!
「おい倉石!」
「はい!」
「いるならさっさと来てくれ—————なんかケーサツが呼んでるぞ。あー…後助手がいるのか?そいつも連れてきて構わないそうだ」
警察?なぜ呼ばれているんだ。僕は何もしていない…はず……。と、小森くんがにこやかに僕に向けて言う。
「先輩。僕には構わず行って下さい」
「君も来るんだよ!」
笑顔をひきつらせた小森くんを半ば引きずるようにして僕らはパソコン室を後にした。
∞
僕らをわざわざ学校まで迎えに来た扶藍という美人な刑事に連れられてやってきたのは学校付近の住宅街の家だった。2階建ての、さほど大きくはないが小さな庭もついている一軒家だ。その庭にはパトカーが止まっており刑事や鑑識がウロウロ……なんてことはなく特に変わった様子もない。僕と小森くんは促されるままに玄関へ。
「お邪魔しま—————うわ!」
突然小森くんが叫んだ。玄関に入ると思わず僕も叫びそうに。そう広くないためだろうが、その玄関は靴で一杯だった。ヒールの高いサンダルに小花柄のスニーカー。それから長いブーツに短いブーツ。残りの靴は……ひょっとして警察関係者のものだろうか。
「あらら。これじゃ置けないわね。……この戸棚…靴箱ね。使わせてもらいましょう!」
そう言うとこともあろうか扶藍刑事、他人の家の靴箱をばーんと開けてしまった。そして僕らに中を示して言う。
「ほら、中はガラガラだし、入れさせてもらっちゃっても大丈夫よ。私が許可するわ」
「ありがとうございます。————ほんとだ、ガラ空きですよ先輩。靴べらとでっかい長靴しかありません」
「うん……では僕も失礼して入れさせてもらいます」
僕が靴を入れると扶藍刑事も自分の靴を突っ込み扉を閉めた。
「じゃあ行きましょう。この廊下を行って一番奥の部屋よ」
奥の部屋へ行くまでには更に部屋が2つあった。扶藍刑事の後に続き廊下を通りつつ左右の部屋を見ると、1つは客間のようだ。引き戸が少し開いていて中のきちんと整えられたソファとテーブルが見えた。
もう1つは客間のようだが障子がぴったり閉じられていて中は見えない。小森くんもじっと見つめている。
「小森くん……人の家の障子に穴を開けたりしたら駄目だからね」
「そ!そんなこと!したいなーなんて思いませんよ!先輩はエスパーですか!」
……ちょっと今自白したね。冗談だったのだが。
「ちょっとー!何ごちゃごちゃやってんのよ。急いで!時間との勝負って言ったでしょう」
扶藍刑事が奥の部屋の扉にてをかけながら僕らに言う。
「先輩、言ってましたっけ?」
「言ってないね————僕の記憶通りなら」
時間との勝負なんて一言も。でも、まあ、時間との勝負らしい。
「急ごう」
「はい」
僕らは先を争うようにして奥の部屋に入った。
「警部、連れて来ました」
「すまんね。さて、と……ふーん、この2人ねえ」
部屋に入るとすぐ扶藍刑事が年配の刑事——じゃなくて今軽侮といったか——とやりとりした。部屋にいる警察関係者と思しき人は3人。扶藍刑事と警部とパソコンに向かっているまだ若そうな女刑事である。そして僕はその3人の公務員たちから何とも胡散臭そうな視線をいただいた。
「あのー……」
おずおずと小森くんが声を出す。
「なぜ僕と先輩は呼ばれたんですか?」
「あー……それはだね」
「犯人からの要求なのですよ」
年配警部が言葉を探している風なのに対しパソコンの刑事があっさり事実を述べた。だがその事実がすぐには呑み込めない。つまりどういう状態なんだ今は?
プルルルル……プルルルル……。
突然電話が鳴った。一気に部屋の空気がぴんと張りつめる。警部がその部屋にいる唯一の警察関係者ではない女性に肯く。多分この家の家主だ。年の頃は40から50……いや35前後かも…。…とにかくその人が受話器をとった。僕と小森くんは扶藍刑事に喋るなとのジェスチャーをされたので黙ってそれを見守る。
「……もしもし」
『ワタシだ。そろそろ探偵とひょっとしたら助手も来ている頃かと思ってな』
ニュースなんかでよく聞く独特の変な声。犯人ってこの声の主のことか。
「それより…それより無事なの?」
『大丈夫だって。まずは探偵に代われ』
え?僕に……?
「分かったわ」
そう言うと家主らしい女性が僕に受話器を渡してきた。待て心の準備が——————。
「あー……もしもし?」
『探偵か。名乗れそれからついでにHRNOも言え』
「は?————あ、いや!失礼しました倉石灯絽、2118です!」
ついでにHRNOってどういうことだよ!
『よし!』
何がだ!
『助手も来てるか?』
「……」
こういう情報って全て犯人に伝えて良いのだろうか。扶藍刑事を見るといっていい、というジェスチャーをされた。
「ええ、まあ。いますよ」
『ふーん』
ふーんだと?一体何がしたいんだこの犯人は!
『探偵よく来た。何か質問はあるか?』
「えーと、では……この辺りにだって探偵事務所の1つや2つありそうなものなのに……なぜ僕が探偵としてこの場に呼ばれたのでしょう」
あ。と思ったがもう質問してしまったのだから仕方がない。警察関係者一同頭を抱えている。犯人の居場所をきいてみて欲しかったに違いない。が、後悔先に立たずだ。
『君の言う探偵とワタシの言う探偵はちょっと違うからね。それに君の活躍はワタシの耳にも届いているのさ』
何だって?
「それはどういう意味で————」
しょうか、と尋ねようとしたところで叫び声に遮られた。
「ねえ!探偵を呼んだわ!声ぐらい聞かせてよぉ……」
家主だ。
『ちっ……仕方ない。ほら』
『ママぁ―怖いよー!』
聞こえてきたのはあどけない子供の声だ。————ということは……これは誘拐事件か!確かに時間との勝負だな。悠長に犯人と会話している場合じゃなかった。
『助けてママー』
「あぁ!うっ…うう……大丈夫、大丈夫よ!」
『そろそろ良いだろう』
「そんな……せめてもう一声その子と—————」
ガチャリ。家主————母親の哀願も虚しく電話は切れた。
「あぁ…うちの子は活発でいつも駆け回ってイタズラばかりするような子なのよ。それなのに……狭いところに閉じ込められているのではと思うと!あぁ……早く何とかしてよ!」
「何なんだこの犯人は!第一の要求が探偵を呼んで来い、第二の要求はないのか?対応のしようがない」
警部が言い捨てイライラと机の脚を蹴りたそうにするが流石に他人の家の物なので蹴れずに足をぶらぶらさせる。
「あの」
「何?」
僕が尋ねると扶藍刑事が答えてくれた。
「探偵って、僕のこと指定だったんですか?」
「そうね……学校名とあなたの名前を出して連れて来い、と」
「そうですか……」
「なぁ遠方さん」
警部が家主に話しかける。どうやら遠方さんと言うらしい。そういえば表札にもそんな風に書いてあった気がする。
「泣いてないであんたの子の情報を教えてくれよ」
「うう…私の…私のかわいい……うえぇーん!」
遠方さんは机に突っ伏してしまった。警部がまたか…と呟きやれやれと首を振る。
「どんな人物か分かってないんですか?」
そうきいたのはハンチング———もとい小森くんだ。警部が答える。
「ああ。さっきからずっとこの調子でな。君らが来る30分も前からだよ」
「大変ですね」
「おお、分かってくれるか君は」
「子を失いかけている親というものは」
「……そうなんだがね……こちらとしても大変なんだよ。来てから何の進展もないんだ!」
「僕と先輩が来ましたけど」
「それは進展に入らん!」
その言葉に小森くんは少し不思議そうな表情をしたが、まあ警部の言う通りではある。——————いや待て。違和感がある。……そうだ、なぜ進展しないのだろう?
今までの子の家のことを考えてみる。と、1つの可能性に行き当たった。だが切り出す前にこれだけは確認を。
「あのー…遠方さん、子供部屋があったら見せていただきたいのですが」
「ああ、それなら既に断られているのよ」
答えたのは遠方さんではなく扶藍刑事だった。
「何でウチの子の大事な部屋を見ず知らずの人に見せなきゃならないの!」
遠方さんが一瞬机から顔を上げそういい、再び机に戻る。やはり……ひょっとして。
「ひょっとして遠方さん、子供なんていないんじゃないですか?」
僕は思い切って言ってみた。一同は静寂に包まれる。それを破ったのは遠方さんだった。
「なぜ……そう思うの」
泣き顔でそう尋ねてくるが————否定はしない、か。
「先程お子さんはイタズラばかりすると仰っていましたが。その割には客間はとても整っていたように見受けられたのですが?」
「あそこは…客間だから普段から入らないように鍵をかけているのよ」
「なるほど。ところで最近障子貼り換えたりしましたか?」
「は?いーえ。何よ何なのよ突然こんな時に!」
「イタズラ好きの子が障子をそのまま放っておくものでしょうか」
遠方さんは何も言わずに俯いている。仕方がないので僕は続けた。
「子供の情報を言わないのも、そもそもいないからじゃないですか」
「しかし……君それなら」
警部が言ってくる。
「最初にテキトーに決めておけば良いではないか」
「それだと間違える恐れがあるからでしょう。例えば————タロウくんだったのを花子ちゃんと言ってしまったり、小学1年と言っていたのを中学1年と言ってしまったり」
「ああ、まあそういうリスクも確かにあるな」
「それに玄関はおろか靴箱の中にも子供用の靴と思われるものは一足もありませんでしたよ。サンダルくらいあっても良いような気がしますが……」
「で、結局どうなんですか遠方さん」
扶藍刑事が俯く遠方さんに声を掛けた。——————すると。
「あははははは!」
全員がぎょっとする。突然笑い出したぞこの人!
「なぜ笑う!」
警部が叫ぶが遠方さんは完全に無視し、代わりに僕に言った。
「よく気づいたわねアンタ。やっぱ探偵役がいるとワクワクするわ!」
「何言ってんだ!」
再び警部が叫ぶがまたも無視。もはや遠方さんの眼中には警察関係者はいないらしい。
「こういうのなんて言うんでしたっけ。狂言……犯とは、言わないか」
「愉快犯よ」
小森くんのつぶやきに扶藍刑事が返す。警部の叫びは笑い狂う愉快犯にはどうやら届かないらしいので仕方なく僕が質問してみることにした。
「電話の向こうの相手は仲間ですか。一体誰なんです?」
「あははは!今日は良い天気ねえ!」
どういう意味だ?
「どういう意味だ!」
懲りずに叫ぶ警部。その努力にようやく返事があった。
「晴れてるってことよ!」
「まんまじゃないかッ!」
警部……よく叫びますね。明日の警部の喉が心配だが……—————もっと心配な要素について聞いておかねば。
「電話の向こうの子どもは誰なんですか?」
すると遠方愉快犯は驚くべきことを言った。
「さあねえ。知らないわそんなこと!そこはあっちに任せてあるからー」
「何ですって?一人の子供の命がかかっている可能性もあるのよ?」
今度は扶藍刑事が叫んだ。遠方さんに掴み掛ろうとして警部に止められる。愉快犯の高笑いは続く。
するとずっと黙っていたパソコン刑事が口を開いた。
「子供の声はパソコン上で作られた機械のものと判明致しました」
静かだがよく通る声が部屋に響く。全員————いや、遠方さん以外の全員が安堵した。
∞
遠方さんは偽計業務妨害の現行犯としてそのまま連行されることとなった。
家を出たところで警部が僕らに質問してきた。
「遠方は電話の向こうの相手とメールでやり取りしていただけだったようだ。—————まあよくある話だな。で、君たちにきいておくが……電話の向こうの犯人に心当たりは?」
「ありません」
「ないです」
僕と小森くんは瞬時にこたえるが警部は食い下がってきた。
「本当かね?犯人は君たちを知っているようだったが。いいか、犯人を庇っても相手の為にはならんのだよ?」
「ええ。ですが本当に何もも心当たりがないもので……何か分かったら連絡しますから」
「そうか……」
「これ、私のアドレスよ。ここに連絡をちょうだい」
扶藍刑事がそう言って僕と小森くんにメモを渡してくれた。メモを見つめる僕らの些細な疑問に気付いてか説明を加える。
「警部は電子機器苦手なのよ。私にくれれば暇を見つけてさっと返信するから」
なるほど。
「では僕と先輩の分のアドレスも渡しておきますねー」
小森くんもいつの間にかメモを用意していて扶藍刑事に渡す。……頼りになる助手だ…!
そのまま僕らは学校へ戻ることにした。
∞
バササササ!
帰路の途中鳥の羽ばたく音が微かに聞こえた。烏か鳩かと思い頭上を見上げたが見つかったのは一番星だけ。
「あ!すみません先輩」
空を見上げて歩いたため電信柱にぶつかりそうになった僕を引っ張って小森くんが言う。
「今の僕のメールの着信音なんですー」
「……ふーん……リアルだね」
「これだともし学校で鳴っちゃってもごまかせるじゃないですか」
弁明しながら携帯を操作する小森くん。ながらスマホになっているので後ろから引っ張って歩くのを止めさせる。
「あ!イワシくんからですよ。えーーと……大丈夫?かっこ笑…イッサンの先輩の答え、HAREのサイトの答えとあってたよ。おめでとうございます魚……だそうです——————先輩?どうかしましたか?」
僕の頭の中であの愉快犯の言った言葉が蘇る。
————晴れてるってことよ!
”晴れ”と”HARE”。この2つが一瞬だけ、交差した。でも……まあ……。
「何でもないよ。行こうか」
多分、関係はないだろう。すぐに僕の思考は今回の出来事も知りたがりのクラスメート時枝さんに話すべきかなぁー…面倒だなぁー…という方へ移って行った。
「小森くん!時枝さんに今回のこと話してみな————」
「いやですよ!時枝先輩根掘り葉掘り聞いてきて面倒じゃないですか!」
「そこを何とか!」
「えぇー……明日大単語テストあるし……」
∞
学校に着く頃。十分にもわたる論争の末、小森くんが折れた。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
意味不明な個所や、現実味のない個所があったかもしれません。よろしければご批判ください。精進します。