-7- オーディション(3)
津村先生は戸惑う僕に気を使ったのか、続けてフォローしてくれた。
「何でもいいよ。歌詞を覚えている曲なら。例えば童謡でもいいからね」
その先生の言葉でますます僕は混乱した。確かに童謡なら歌詞も覚えているし、メロディーも単調で歌いやすい。採点付きカラオケの高ポイントをヒットするには最適だとも言われている。
しかし、ここにはカラオケのような伴奏はない。何より小学生ならまだしも、オーディションという大舞台で、「チューリップ」や、「いとまきのうた」や、「かもめの水兵さん」といった歌を、中学生にもなって臆面も無く歌える訳がない。あまつさえ学校の朝礼では後ろに並ぶくらい背も高く、どちらかと言えば老け顔と思うこの僕が。
周りを見渡せばライバルが多数「合格」目指し審査を受けているこの状況。ここで僕が大声を張り上げ童謡など歌い出せば、きっと彼らは心の底で「勝てる、コイツには絶対勝てる」と、含み笑いをこらえるのに必死になるのは目に見えている。
チラリと津村先生を見る。どうやら僕のように、いきなり出された課題で戸惑う参加者には慣れているようだ。選曲に時間のかかる僕に対し、特に苛立つ事も無く笑顔で答えを待ってくれている。
「どうすればいいんだ……」
すると僕の体全身が突然猛烈な寒気に襲われ、目の前が青白い光に包まれたのだった。「ええい、ままよ!」。僕は心で叫んでついにある一曲のタイトルを口走った。
「石原裕次郎さんの『ブランデーグラス』を……」
すんなりと言い切った。この曲はたまたま昨日テレビで見た、「ナツメロものまね大全集」で流れた一曲だ。
別に取り立てて好きなわけではない。親が幼少の頃よく聴いていて、自然と歌詞も記憶に残っていた。ただそれだけの事だ。
津村先生はそのタイトルに少し驚いたような顔をしたが、すぐさま「はい、じゃあお願いします」と丁寧に答えてくれた。僕は少々震える声で『ブランデーグラス』を歌い始めた。
「こ……、こぉ~れぇ~でぇ~およしよぉ~……」
歌っている最中、ブランデーがこれほど苦いものとは思わなかった。もちろん飲んだ事は一度も無いが。