オーディション(2)
オーディション会場の部屋に入るとそれまで混みあっていた待合室とは違い、意外に広い部屋だったので少し驚いた。
部屋には手前から奥に向かって机が一列に並べられ、審査員の先生方が等間隔で着席している。ざっと見渡しても十人以上居るようだ。この先生方全てに審査してもらうという事なのだろう。
机の前には先生の名前と審査担当の書かれた紙が張り出されており、演技指導や発声といった科目ごとに区分けされていた。オーディションは特に審査する科目の順番が決まっているわけでは無いらしく、ランダムに空いた先生から順に審査を受けるようだ。
基本的に先生と一対一で審査を受ける形。てっきりグループごとにまとめて審査されると思っていた僕は、思い描いていた物と違ったそのシステムに、緊張からますます混乱してしまった。気付けば先ほどまでかろうじて三行程度は覚えていたあの台詞も、今ではすっかりどこかへ飛んでいってしまった。
「次は……二百三十五番、奥村さん」
係員から呼ばれ返事をすると、『審査表』と書かれた紙を手渡された。どうやらこの紙に先生方が採点をつけるようだ。
「それでは、君は始めに歌唱指導の津村先生の審査を受けてください」
「あ、ハイ」
係員は僕の前を歩き、先生が座っている机の前へと案内してくれた。
実はその間、僕は係員が言った『歌唱指導』の言葉が引っかかっていた。それはこのオーディションが役者としての演技中心の審査だと思い込んでいたからだ。
「歌唱っていう事は、やっぱり何かを歌わせるという事だろうか?」
だが、先ほど手渡された課題には歌唱審査らしき科目は書かれていない。「せめて心の準備のために課題曲くらい載せておいて欲しいな……」と、僕は少々悶々とした気持ちのまま津村先生の前に立った。
恐らく五十代前後と思われる男性の津村先生。先生は穏やかな笑みを浮かべながら僕に話しかけた。
「君は……今日これが初めての審査ですね」
「ハ、ハイ! お願いします!」
そんな僕のハキハキとした返事が気に入ってくれたのか、津村先生はさらに機嫌良さそうに笑顔を見せて僕にそれを言い放った。
「それでは、君の好きな歌をいま歌って下さい」
「……はい?」
いきなりの難題に僕は愕然とした。