オーディション(1)
オーディションの日がやってきた。だけど朝からどんよりと曇り空。にわかに緊張している僕の心を、空が代弁しているようだ。
オーディションの内容なんて分からない。一体、何を求められるのだろうか。やはり演技力を確認するのか。まさか水着審査なんて無いだろうな。そんなつまらない空想を描くうちに、電車は目的の駅に着いた。
会場へ向かう道中、僕と同じくらいの年齢らしき多数の女の子がゾロゾロと同じ方向に歩いていく。
「もしやあの子達もオーディションを受けるのだろうか?」
もちろん、それは勝手な決め付けで、会場であるビルに着く頃には駅で見かけたライバルになるはずの面々は殆ど残らなかった。
僕は内心、競争率が低くなったという妙な安堵感も芽生えた。だが、立て看板に書かれた『フェイス・アクト オーディション会場』の文字を見た瞬間、再び緊張が体を駆け抜けるのだった。
気持ちを落ち着かせるため、しばらくビルの前で参加者の様子を伺ってみる。その殆どが中高生くらいの女の子だ。友達同士で訪れたり、僕と同じように一人で乗り込んできたりする者も居た。しかし中には親子連れの姿もチラホラ。なるほど、例えこのオーディションが学歴や経歴にプラスになるようなものでは無いとしても、試験を受けるという事に変わりは無く、親が心配してついて来るのもおかしい話では無い。
ただ、僕にとってそんな選択肢はあり得なかった。仮に親が「付いて行く」と言い出していたら、速攻で「来ないでくれ」と言っただろう。それは此処から先は自分で切り拓きたいという僕なりのケジメだった。願書を出した時からそう決めていたのだ。
会場の横に設けられた待合室は、多くの参加者で溢れかえっていた。小学生らしき姿もあれば、中年の男性や女性、お年寄りの姿もある。他人から見れば一体何の集いだろうかと思う異様な光景だ。僕はそんなライバル達の中、今一度気を引き締め直すと、整然と並べられたパイプ椅子に腰を下ろした。
しばらくすると係員らしき女性が声をかけてきた。年齢を伝えると番号札と一枚の紙を差し出される。
「呼ばれたら隣の部屋に来て下さいね」
係員はそう言うと立ち去った。僕は軽く頭を下げて見送った後、その紙に目を通す。そこには台詞や表現力のテーマなどが書かれていた。どうやらこのオーディションで使用する課題のようだ。僕は時間を惜しみ一心不乱に課題であるその台詞などを覚えようと集中する。だが、迫り来る緊張がそれを覆いつくし、なかなか頭に入らない。結局、自分の番号を呼ばれるまでに覚えきることが出来なかったのだった。
「これは……ヤバイ」
わずか五行ほどの台詞を覚えきれない自分を恥じた。これもきっと審査の対象になる。
曇り空は晴れる気配も無いまま、僕は審査会場のドアノブに手をかけた。