-11- オーディション(7)
川島先生の課題は、『彼女を射止め、親友を捨てろ』と言うものだ。僕は頭の中でその状況を仮に自分の立場だったらと置き換えて整理する。
もし、彼女に告白して返事がノーだった場合、その後の三人の間に漂う気まずい雰囲気をどうしろというのか。いや、むしろその逆で、彼女の返事が僕の望み通りになったとすれば、親友を裏切った罪悪感に打ちひしがれて生きる道が正しいと言い切れるだろうか。そして、「それも若さゆえのなせる業だ」などと一人感慨深くポツリと漏らすのだろうか。
あらぬ妄想の迷い道に陥る中、ふと川島先生に目をやった。考え込む僕に何かを問いかけたいようだ。このままではいけない。早くこの設定の中の登場人物に乗り移らねばならない。
だが、大きな問題がある。告白どころか僕自身、学校で女子と会話することなど殆どなかった。当然彼女などいないし、告白する仕草や、言葉の引き出しも持ち合わせていない。全てが未経験の中、漫画などで得た予備知識からその役を演じなければならない。つまりこれこそ正真正銘の役作りだ。
「難しい?」
意を決したように川島先生が尋ねてきた。だが、ここで僕が「ハイ」と言ってこの課題から降参してしまえば、その時点で役者失格の烙印が押されるはずだ。僕は口元を引き締め、首を横に振る。
「いえ、大丈夫です」
もちろん、そんなワケが無い。ノープランで出た言葉だ。
先生は僕のその返事に笑顔で合図を送る。
「では、お願いします」
すると、僕の全身にこの日三度目の寒気が走り、青白い光が交錯する中で自然と体が動き出したのだった。
僕は机から少し後ろに下がると、場面転換よろしくクルッとその場で一回転し、そして俯きながら自ら創りあげた台詞を話し始める。
「急に呼び出してゴメン。……オレ、君がアイツを好きな事は知っている。……でも、やっぱり言わないと……。どうしてもオレの気がすまないんだ」
そして、目の前に居る川島先生の目を見つめ、僕は大声で言い切った。
「オレと結婚してください!」
その瞬間、会場内が一気に静まり返ったのだった。