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ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に  作者: 犬上義彦


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(7-4)


   ◇


 夕飯をテーブルに並べて、ラグに腰を下ろすと、二人同時に、温泉にでもつかったような声が出てしまった。


「悠輝、来てたんだろ?」


「やっぱり、分かります?」


「あいつの作りそうな料理もあるからさ。ほら、一緒にしそうにない具材が二つ」


 コンニャクとモッツァレラチーズのピリ辛煮だ。


 夏バテを解消して食欲の秋に備えるためのお料理らしい。


「合わせる顔がないからって、レイナさんを送っていくついでに帰っちゃいました」


「なんだ、レイナも来てたのか」


「アテンドできなくて、オコンネルさん怒ってました?」


 蒼也が軽く吹き出す。


「翠が駄洒落言うなんて珍しいな」


「ち、違いますよ。レイナさんが心配してたんです」


「べつに問題なかったぞ。東京駅から一人で電車に乗ってホテルに帰ったよ」


「大丈夫なんですか?」


 すごい資産家なんですよね。


「一人で出歩いても誘拐の心配がないから、日本に来ると安心しすぎて頭が空っぽになるらしい。日本の街は禅寺みたいだってご機嫌だったよ」


 蒼也は悠輝の料理を口に運んだ。


「悔しいけど、うまいな」


「私のはどうですか?」


「もちろん、うまいよ。特にこのきゅうりの……」


 蒼也の箸にはつながった輪切りがぶら下がっていた。


「あ、それは……」


「面白いアレンジだな」と、蒼也の箸が止まる。「翠」


 ――え?


「ほっぺに赤いのついてる」


 え、また……。


 自分でペロッとなめると、舌先に激痛が走る。


「か、からっ……唐辛子でした」


「なんだよ、俺がペロってしてあげたのに。もう一回、やり直し」


「嫌ですよ」


 唇をとがらせる翠を蒼也がからかう。


「せがんでるのか? キスは食後のデザートでいいだろ」


「はいはい、おかわり自由ですよ」


 食事を終えたところで、蒼也が立ち上がった。


「今日はお土産があるんだ」


 なんだろ。


 話題のスイーツかな。


 期待しながら翠が姿勢を正すと、蒼也が《極薄0.01mm》と書かれた箱をテーブルの上に置いた。


「誤解されないように、ちゃんと買ってきたよ」


 ――あ、ああ……はい。


 あらためて目の前に出されると恥ずかしい。


「いっぱい……ありますね」


「すぐになくなるよ」


 え、ちょ、な、何言ってるんですか。


「だって、おかわり自由って言ったじゃないか」


「そ、それは……」


 真面目な顔して迫られると、困っちゃうんですけど。


 テーブルを片づけ、玄米茶を入れて、ソファを背もたれにして二人並んでくつろぐ。


 話は自然と、宿題になっていた新婚旅行の相談になった。


「今からだと、長期休暇が取れるのは、だいぶ先ですけど年末年始ですよね」


「クリスマスマーケットの季節だな。うちのじいさんが学生時代にいたバーゼルは歴史のある街だからきっといい雰囲気だろうな」


「いいですね。約束も果たせますね」


「ああ、そうだな」と、感慨深げに蒼也が天を見上げる。


 ときおり夫が見せる、そんな少年のような表情に翠の視線が引き寄せられる。


「ん、どうした?」


「え、何がですか?」


 はぐらかしたものの耳が熱くて、翠は湯飲みで顔を隠した。


 蒼也は穏やかな笑顔で前のめりになると、何もないテーブルの上で、折り紙を折る仕草を始めた。


「ここに幸せがある」


「見えますね」と、翠もじっとその手の中を見つめた。


「だろ」


 寄り添う二人の距離が近づき、唇が触れ合う。


 形なんかない、だけど、そこにある。


 二人の交わすキスがその確かな証だった。



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