作品
ただの、一人の戯れ言に、大層な名前をつける。
個人的な、独りよがりの言葉に、社会を見る。
それが、作品。
しかし、結局は、一人の言葉。
一人いるかどうかもわからない、そいつのために泣くことができる。
そいつのために祈ることができる。
劇的が起きず、少しずつ死んでいく人間には目もくれず。
それは、同じ一人ではないのか?
結局、娯楽として消費しているだけで、良くしようという気持ちはない。
見ようとはしない。
一つ、大きなことが起きれば、急激に変わる。
誰にも見られず死んでいった人は、そのままに。今、社会を見なければ。
誰にも知られず世界を救った人間は、意外といる。戦争だなんて、劇的なことじゃなくて。
授業で習うことはしないけれど。
私たちは、何を知っているんだ。
何も知らないんじゃないか。
何を教わったんだ。
結果は知っている。
汚い。どうでもいい。
私が知りたいことは、そんなことじゃない。
誇りじゃない、反省でもない、記録でもない。
その背中を見てみたい。
あなたは、何を思っていたのですか。
どんな人生を歩んだのですか。
どうすれば、あなたのようになれるのでしょうか。
どうでもいいんです。
世界で何が起きようと、どんなことが有名になろうと、何が流行ろうと、何が否定されようと、全部。
不平も、不満も声にせず、ただ、実行する。
そんな風になりたいのです。
原因は、どこにあるのですか。
ただ、それが知りたい。
尊敬なのか、憧れなのか。
よくわかっていません。
ですが、知りたい。
結果ばかりが目立つようです。
出来事のあとに作られる、抗体ばかりなようです。
言われたことに納得しようとする私がいます。
私は一生苦しんでいたいのです。
それは、私には、必要のないものです。
死ぬために生まれたわけではありません。
ですから、それが救いに見えるのです。
それでいいと思います。
誰にも迷惑はかけません。
私が、それのために、私を嫌っているわけでもありません。
体調が悪くなることもありません。
ただ、そうなのです。
ずっと考えていくのです。
背中を、追いかけていたいのです。
…あなたは、私の背中に、何を見るのですか?
作品とは、一人の妄想。
結局は、そういうものです。
現実以外は、全て妄想であり、他人の気持ちも、歴史も、何もかもを知らないのです。




