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第五話 生存戦略

(毒杯を、回避するには……)


 私は、部屋の文机に向かっていた。

 毒杯で死ぬ運命に抗い、この城で生き延びるためだ。


「城から抜け出す……のは危険すぎるから却下。……次は、テオバルドを避ける――」


 血に濡れた剣を握る姿を思い出し、私は小さく身震いをした。あの皇帝から不興を買えば、すぐにでも首を落とされそうだ。

 第一、この城の――グラナード帝国の支配者から逃れられるはずもない。


「どうしたら、良いのかしら……」


 私はペンを置き、文机に突っ伏して深くため息を吐いた。磨かれた木の感触が頬にひんやりと心地良い。


 そもそも、アダルジーザはヒロインのはずなのに、何故命を落とすのだろうか。

 そして何故、皇帝テオバルドはアダルジーザに毒杯を差し出すのか。私がこの城で、毒を受けるほどの罪を犯すとでもいうのだろうか。


(他には……手に入れた女を手に掛けるのが趣味とか? でも、そこまで狂った人には見えなかったのよね……)


 テオバルドとは、幼い頃に婚約の話が出たことがあったそうだが、長兄が起こした一件から離宮に隠されるように育った私に、父は何も話さなかった。

 彼が傲慢だとか、冷酷だという噂だけは耳にしたことはあるが、女を殺したという話は聞いたことがない。


 彼はまだ独り身のはずだが――プラータに囚われていた私を妾にでもするつもりだろうか。


 何か、大切なことを忘れているような気がする――


 幾度思い出そうとしても、私は小説のラストの断片的な情報しか覚えていなかった。

 毒杯を受けるまでのストーリーが少しでも思い出せれば、上手く避けられるかもしれないのに――


(彼に愛されれば、毒杯は避けられるのかしら……)


 けれど、単に彼に気に入られれば済む話ではない気がする。

 もし彼に愛されたとしても、冤罪からの処刑や、寵愛を失う可能性だってある――

 

(毒で死ぬなんて、冗談じゃないわ……)


 私は、これまで危険な状況に置かれながらも自分の身を守ってきた。


 どうせなら、生き延びて幸せに生きたい。

 私はもう、運命に流されるだけの悲劇の王女ではないのだから――


(お父様……)


 最期まで私を守ろうとしてくれた父の姿が浮かび、私は瞼を閉じた。

 涙は、流さない。


「……わたくしは、必ず生きてみせますわ」


 亡き父と自分自身にそう誓った――

 

(まずは、テオバルドのことを知る必要があるわね……)


 私は、静かに立ち上がった。


 クロゼットを開くが、ドレスの一着もない。

 私には、身につけているこの薄いネグリジェ一枚しかないようだ。

 テオバルドからもらったはずの銀の短剣も見当たらなかった。


(……自害するとでも思われてるのかしら)


 私は小さくため息を吐いて、寝台へと腰掛けた。腰の沈むふかふかとした柔らかさに、私はそのまま仰向けに倒れた。


 目覚めてから、どのくらい経ったのだろうか。部屋には侍女も誰も訪れる気配はなかった。

 囚われていたプラータで自由はなかったが、王太子妃に望まれていただけあって、待遇だけは良かった。


(……何か食べたいし、湯浴みもしたいわ……)


 静まり返った広い部屋に、ひとつため息を落とす。

 こんな状況下でも空腹を感じることに少しの安堵と滑稽さを感じつつも、私は立ち上がって扉へと近付いた。


(誰も、いないのかしら……?)


 私は一度だけ深呼吸した。

 この姿では部屋からは出られないため、扉の外を覗いてみることにする。

 私は静かに扉を押すと、その隙間から顔だけをそっと覗かせた。


「「っ……!」」


 扉の両脇には、若い男が一人ずつ立っていた。

 二人とも中々の美男子だ。その装いから、近衛騎士のように見える。


(テオバルドの命令でここにいるのかしら……)


 私は少しだけ体を強張らせた。

 男には、気を付けなければならない――


「あの……」


 そう声を掛けた時だった。


 廊下の奥から、重厚な足音と共に黒い影が現れた。その気配だけで心臓が跳ねる。


「アダルジーザは目覚めたのか」


(テオバルド……!)


 やって来たのは、テオバルドと黒髪の侍従官だった。

 私はすぐに部屋の中へと戻る。


「皇帝陛下!」


 扉の向こうから近衛騎士の声が響いて、心臓が早鐘を打つ。


 扉が開かれた――

 その瞬間、私の姿を捉えた男達が息を呑んだ。

 テオバルドが即座に黒いマントを外し、それで覆い隠すように抱き上げられる。


「侍女は何をしている! ……お前たちは下がっていろ」


 放たれた彼の低い声に、近衛騎士たちが頭を垂れて扉の両端へと消えた。


「バルデス、侍女を変えろ。使えない者はこの城に不要だ」


 私は、彼の腕の中でただ息を潜めていた。


「アダルジーザ……」


 低く、支配的な声が私の名を呼んだ。

 思わず身動ぎした私の肩から、彼のマントが滑り落ちる――


「……その姿、私以外の男には見せるな」


 赤い瞳が私を射抜いた。

 まるで捕らえられた小鳥のように、私は見つめ返すことしかできなかった――

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