第四十四話 運命を選ぶとき
私が瞼を開けると、そこには心配そうに覗き込む二人の顔があった。
青いステンドグラスからは、澄んだ光が降り注いでいる。
「イーザ、大丈夫か」
「ええ……」
私は陛下の腕の中にいた。
傍らには、ナタニエル様が跪いている。
(女神、エルシリア……)
顔を上げると、白い女神像がそこに佇んでいた。
先程見た光景を思い出し、私は思わず息を呑む。この女神の足元で、三人は眠るように倒れていたのだ――
「イーザ……一体どうされたのですか」
甘さを帯びた穏やかな声に、私は体を起こした。陛下の手が私の背を支える。
(私は――この二人を、死なせるわけにはいかないわ……)
私は女神像を見上げてから、二人に向き直った。
「聞いていただきたいことが、あるのです」
静かにそう告げると、二人はただ私を見つめた。
(信じてはもらえないかもしれない。それでも――)
「……わたくしは、この場所で死ぬ運命にあるのです。――金の杯を受けて」
私の言葉に、二人は目を見開いた。
陛下は困惑した表情を浮かべている。
「どういうことだ」
口籠った私に、ナタニエル様が僅かに瞼を伏せる。
「婚礼の儀――ですね」
静かに響いた言葉に、私は小さく頷いた。
眉を顰めた陛下がナタニエル様を見つめる。
「何を言っている……まさか、私の后になれば、イーザが死ぬことになると言いたいのか」
微かに声を震わせる陛下を、ナタニエル様は静かな眼差しで見つめ返した。
「落ち着いてください。……今は、彼女から話を聞きましょう」
ナタニエル様の穏やかな声音に、私はそっと息を吐いた。
二人が見つめる中、私は静かに口を開く。
「わたくしは、陛下との婚礼の儀で受ける金の杯を口にして死ぬのです……何故わかるのかは、お答えできませんが……」
この世界が小説の世界だなどと、彼らに話すつもりはなかった。この世界は彼らにとって――今の私にとっても、現実なのだから。
「予言でもされたのか? それとも、女神の力か――」
陛下が、私とナタニエル様を見つめた。
「……毒、ですか――」
ナタニエル様が呟いた言葉に、陛下が顔を上げる。
「だからあの時……貴女は聖杯についてお聞きになったのですね」
静かに頷いた私に、陛下が険しく眉を寄せる。
「……どういうことだ」
「おそらく、わたくしが后になることを望まない誰かが、杯に毒を入れるのですわ……」
私が陛下の后になることを望まない人間は少なくないはずだ。
けれど、小説の最後でも、毒を仕込んだ犯人については分からなかった。
残念なことに、結末以外の記憶は戻ってはいない――
「それは、確かな情報なのか」
私は少しだけ俯いた。
「見たのですわ……この目で、わたくしが死ぬところを」
黙り込んだ二人に、私は静かに立ち上がった。
女神エルシリアの像に近付き、その美しい微笑を見上げる。
指が、祈りを捧げるために自然と組まれる。
けれど――
(この女神は、小説の三人を救わなかったわ――)
私は、静かに振り返る。
「信じていただけないのも無理はありませんわ……わたくしも、信じたくありませんもの」
私の声が、透き通る静寂に響いた。
私を見上げていた二人が立ち上がった。
降り注ぐ澄んだ光が銀と白金の髪を照らし、淡い光を散らしている。
陛下が、私の前に一歩進み出た。
「お前を死なせはしない。毒杯など、私が握り潰してやる……イーザ、私の手を取れ」
強い光を宿した赤い瞳が、私を見つめている。
差し出された陛下の黒い手。
この手を掴めば、あの聖杯が待っている――それでも、彼ならきっと守ってくれる。そう思えた。
「イーザ」
甘く、穏やかな声が私の名を呼んだ。
「貴女のことは、私が必ず守ります……どうか、この手を取っていただけませんか」
ナタニエル様の白い手が私に差し出され、思わずその手に触れそうになる。
私はずっと、この手に縋りたかった――
私を真っ直ぐに見つめる赤紫の瞳の奥には、何かを決意したかのような揺るぎない光が灯っていた。
私は、二人を見上げた。
(私が、選ぶのは――)
私は、差し出された彼の手にそっと指を伸ばした。
温かな手が、私の手を包み込むように握る。
そして、もう一方の手は静かに降ろされた。
この瞬間、私の運命の男が決まった――
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次話からは、
皇帝編『塗り替えられる運命』(全8話)になります。
神官編『寄り添う光』(全8話、3/31〜4/7完結予定)は、
皇帝編完結後の第53話からになります。
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