第四話 囚われのアダルジーザ
目覚めると、見知らぬ部屋にいた。
(ここは……テオバルドは……?)
私はすぐに寝台から降りて、辺りを見回した。
少し薄暗い室内には、燭台の炎が揺らめいている。
グラナード城の客室だろうか。寝台も調度品も全てが豪華で美しい部屋だった。
裸足に、毛の長い絨毯の感触が柔らかく伝わる。血に汚れたから捨てられたのか、ドレスも靴も見当たらなかった。
金の装飾が施された鏡台の前に立つと、そこには波打つ黒髪の美しい女が立っていた。淡い菫色の大きな瞳に吸い込まれそうだ。
見慣れていたはずのこの姿が、まるで他人のように見える。
(この装いでは、部屋から出られないわね……)
私は、着せられている白いネグリジェに触れた。絹の滑らかな肌触りが、ひどく心許ない。
手は綺麗になっているが、まだ血の匂いがする。恐らく、拭き取られただけなのだろう。
レースのカーテンを開くと、窓硝子の向こうには朧月が昇っていた。
(鍵は、掛かってないのね……)
バルコニーへ続く扉をそっと開けると、ひんやりとした風がネグリジェの裾を揺らす。
部屋の窓も扉も全て施錠されていたプラータの城にいたことが、夢だったかのようだ。
バルコニーに出ると、どこからか話し声が聞こえてきた。視線を向けると、巡回の兵たちが暗がりの中で集まっている。
「亡きペルラの国王は、アダルジーザ姫を大層可愛がっておいでだったと聞く……そのあまりの美しさに城の奥から出さず、それは大切に育てられたとか」
「ペルラの王子たちも、アダルジーザ様を巡って争ったと耳にしたことがあるぞ」
「まさか……大袈裟な噂だな――」
兵士たちの小さな笑い声が耳に届く。
『あまりの美しさに』というのは、噂が一人歩きした結果なのだろう。けれど、彼らの話は間違いではなかった。
兄弟たちと違い、私は第二王妃から産まれた。
私を産んで間もなく旅立った母のことは、ほとんど知らない。誰も教えてはくれなかったからだ。
私がまだ幼かった頃、王太子だった一番上の兄が廃太子となり幽閉された。
グラナードの王太子だったテオバルドと私との縁談の話が持ち上がったことを父から聞いた兄は、何を血迷ったのか私に手を出そうとしたらしい。
幸い私は無事だったが、激怒した父は兄を許さなかった。
そして、その件で父と揉め、私を手に掛けようとした第一王妃も幽閉された。
王妃は、王太子だった兄だけを特別視し溺愛していたため、他の兄弟達と父や私との間に確執は生まれなかった。
けれど、それからすぐに私の住まいは離宮へと移された。外出できるのは、離宮の中庭と大聖堂だけだった。
離宮の者たちは、父によって侍女だけでなく騎士から料理人まで全て女性で固められ、家族以外の男性は勿論、兄たちと接する機会はほとんどなくなった。
年頃になって接したことがあったのは、父以外では弟や聖職者くらいだった。
そんなある日、突然に隣国プラータから私を王太子妃にと打診があった。けれど、父は首を縦に振らなかった。
その後、攻め込んできたプラータに城が落とされようとしたとき、兄たちが争い始めた。私を連れて逃げる役目を得るために揉めたのだ。
そして、私が弟に手を伸ばした時、兄の一人が弟を斬った。
私は叫ぶこともできず、弟の亡骸を抱いたまま座り込んだ。
消えていく温もりと血の匂い。兄たちの剣が交わる音だけが耳に残っている。
この瞬間から、私は考えることをやめた。
こうして、私は結局逃げることもできず、目の前で父を殺され、プラータ国王に捕らえられたのだ。
その後のことは――思い出したくもない。
私は、何一つ選べなかった。
何と滑稽な話だろうか。
創られた私の世界は、ずっと狂っていた――
「……囚われの王女、アダルジーザ……」
浮かんだのは、小説のタイトルだった。
私は全てを諦めていた。
けれど、今の私は小説の中のアダルジーザとは違う。諦めるつもりなど微塵もなかった。
毒杯によって命を落とすという運命に、私は抗うことにしたのだ。




