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第三十七話 夜会の影で

 光とざわめきに満ちた大広間。

 私は、遠くで談笑する皇帝陛下の姿を眺めていた。

 ナタニエル様はどこかの王族に呼ばれて姿を消し、私は一人窓辺に立っていた。


「こちらをどうぞ」


 通りがかった侍女から差し出されたグラスを手にする。

 果実水が揺らめくグラスを傾けると、ほのかに甘酸っぱい味が口の中で弾けた。この味は、柘榴だろうか。


(美味しいわ……)


 ひんやりとしたそれが、喉を通り抜けていく。

 そのとき、誰かの視線を感じた。


(エメルリンダ……?)


 いつからそこにいたのか、少し離れたテーブルの傍には彼女が立っていた。

 私と目が合った彼女は淡く微笑むと、周りの令嬢たちと話し始めた。


 彼女は、大臣ザルマンがテオバルドの后にと推している王女だ。そのため、この城へやって来たのだろう。

 そのことから、婚礼の儀で私の命を狙う人物としてはザルマンや彼女が有力なのではないだろうか――

 そう考えながら、ふと汗ばんできたことに私は気付いた。


(暑くなってきたわね……)


 果実水にはアルコールは入っていないはずなのに――そう思いながら、私は中庭を振り返る。

 会場が明るいせいで、外の様子は宵闇のように殆ど見えない。


 私は、涼むために中庭へ続く硝子の扉を開けた。


(夜風が気持ちいいわね……)


 月は雲に霞み、辺りは薄暗かった。

 柔らかに響く噴水の水音と、ひんやりとした空気が火照った体に心地良い。


 噴水の脇のベンチへと近付いたときだった。


「――んんっ……!!」


 突然に後ろから抱き竦められ、口を塞がれた。

 抵抗する間もなく、私は気が付けば薔薇の茂みの影へと倒れていた。


 微かな月明かりを背に覆い被さる男の顔は全く見えなかった。かろうじて見えるのは、マントの留め具と近衛騎士の隊服の装飾だけだ。

 伸し掛かる体を押し退けようとしても、腕に力が入らなかった。


(誰か……!)


 その時だった。

 電気が弾けるような音と共に、男の体が弾き飛ばされる。

 私を包んでいたのは、淡く白い光だった。


(この光は……ナタニエル様の――?)


 左の足首が、白く光っている。

 彼がくれたアミュレットが、守ってくれた――

 霞んでいく意識の中、誰かが駆けてくる足音が聞こえた。


「アダルジーザ姫! どちらにおいでですか?!」


「ナタニエル、さま……」


 苦しくて、上手く声が出せない。


「アダルジーザ姫……!」


 やって来た彼が傍らに跪くと、私を抱き起こした。その温もりに、私は安堵の息を吐いた。


(また、ナタニエル様が……)


 彼には、助けられてばかりだ。

 けれど、お礼を言おうとしても、もう声は出せなかった。


 ◇


(アダルジーザはどこだ……?)


 テオバルドは、彼女の姿を探していた。

 どこに立っていても目立つはずの彼女の姿が、どこにも見えなかった。


「皇帝陛下」


 そのとき、彼に声をかけたのはエメルリンダだった。


「いかがなさいましたか?」


「ああ……いや――アダルジーザを見ていないか」


 その言葉に、エメルリンダは可憐な笑みを浮かべた。


「アダルジーザ様でしたら、少し前に中庭にお出になったのを見かけましたわ」


「そうか。感謝する」


 テオバルドは、中庭へ続く扉を開けた。

 淡い月明かりに照らされた庭で、噴水の水が煌めいている。


「アダルジーザ、どこにいる?」


 噴水の水音に重なり、テオバルドが石畳を進む硬い靴音が響く。


「アダルジーザ……!」


 彼がそう叫んだとき、誰かが微かに呻いた。


「ナタニエル? ……そこで、何を――」


 目の前の光景に、彼は目を見開いた。

 月明かりに翳る薔薇の茂みの影には、ナタニエルとアダルジーザの姿があった。

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