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第三十二話 白いドレス ―ある王女の記憶―

 ──十一年前、グラナード城。


 その日、エメルリンダは白いドレスを纏っていた。


「エメルリンダ王女は、本当にお可愛らしい……」


「まるで、聖女のようなお美しさね」


 彼女は可憐な微笑みを浮かべると、淡い金の髪と白いドレスの裾を揺らして大広間を進む。

 皆が、その愛らしい姿を見つめていた。


「テオバルドさま」


 エメルリンダは、やってきたテオバルドに微笑むと白いドレスの裾を摘んで一礼した。

 けれど、まるで彼女がそこに存在していないかのように、彼はその横を通り過ぎて行った。

 青い瞳を揺らし、彼女は顔を隠すように俯く。


「あれが、幼いながらに“ペルラの真珠”と名高い……」


「近く、テオバルド殿下とご婚約なさるとか」


 大人たちの囁きに、エメルリンダは振り返った。


「イーザ、ここにいたのか」


 中庭で、彼は一人の少女に歩み寄った。

 “イーザ”と呼ばれた黒髪の少女は、振り返ると微笑んだ。エメルリンダと同じ白いドレスが陽射しに照らされ、風にふわりと揺れている。


「まあ! スフェールのナタニエル殿下がお見えですわ」


 ふいに広がったざわめきに、噂話を咲かせていた大人たちが急に静まりかえる。

 エメルリンダは、静かな靴音に視線を向ける。

 頭を垂れる大人たちの間をゆっくりと歩いてきたのは、白い礼装を纏う白金の髪の少年だった。


「イーザ、久しぶりですね」


「ナタニエルさま」


 中庭で、彼女たちは微笑みあった。


「ナタニエル。イーザは俺の后になるんだからな」


「まだ、正式に婚約したわけではないでしょう」


 エメルリンダにとって、陽射しに照らされたその空間だけが、まるで切り離された特別な場所のように見えた。


(テオバルドさま……)


 彼女が見つめる赤い瞳には、黒髪の少女だけが映し出されている。


「アダルジーザ王女の、お美しいこと……テオバルド殿下が夢中になられるのも頷けますわ」


「あれほどに白が似合う姫君はおられないだろう」


 大人たちの囁き声に、エメルリンダはドレスの裾を握り締めた。

 もう誰も、彼女のことを見てはいなかった。

 周りの視線は全て、陽のあたる中庭で微笑む黒髪の少女へと向けられていた。


 そして、その少女の傍らでは、テオバルドが微笑んでいる。

 このとき、エメルリンダは彼が笑っている顔を初めて見た。


「……アダルジーザ」


 エメルリンダは、そう小さく呟いた。

 彼女はその日から、白を纏うことは二度となくなった。

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