第三十一話 見つめる瞳
「まあ……すごいですね! アダルジーザ様」
部屋に積み上げられた贈り物の数々に、アニタは目を丸くしている。
(こんなに贈りつけて、どういうつもりなのかしら……)
美しい包装の箱の中には、宝飾品やドレスが納められている。全て、皇帝陛下から贈られたものだ。
(随分静かね……)
入れ替えられた侍女たちは、静かに部屋の隅に控えていた。以前の侍女たちなら、嫌味の数々が聞こえてきていたはずだ。
その時、ノックの音が響いた。
「アダルジーザ、私だ」
入ってきたのは、皇帝陛下だった。
微笑んだアニタは、目配せして他の侍女たちと共に部屋を出て行く。皇帝陛下が来ている間は、彼女たちの休憩の時間に充てるようになっていた。
「皇帝陛下、ようこそおいでくださいました」
裾を摘んで一礼すると、彼は薄く微笑んだ。
「クレメンテも休憩に入らせた」
「……アダルジーザ、すまない」と彼は瞳を伏せた。
近衛騎士のことを言っているのだろう。新しい騎士はまだ配されず、私の近衛はクレメンテ卿一人だった。
「気遣ってくださるそのお気持ちだけで、充分ですわ」
私の言葉に、彼が微かに微笑んだ。
「贈ったものは、気に入ってくれたか」
その控えめな声音で落とされた言葉に、胸が締め付けられた。
「ええ……とても。あまりに多すぎて、使い切れないかもしれませんわ」
「これでは足りないくらいだ……欲しいものがあれば言え。宝玉でも、離宮でも城でも良い。何でも与えよう」
(皇帝陛下……)
見上げると、彼が私の頬にそっと触れた。
「アダルジーザ……どうすれば、お前が手に入る」
低く囁かれた言葉に、私は息を止めた。
近付いた彼の顔に、思わず目を瞑る。だが、彼の唇が触れたのは私の額だった。
瞼を開けると、何かを堪えるような揺れる瞳が私を見つめていた。
「お前を何より大切にする……他の女など見ない」
気が付けば、彼の腕に抱き締められていた。
「だから、私を見てくれ……」
耳元で落とされた掠れた声に、胸が苦しい。
ふわりと香る、深く芳しい香り。身動きもできないまま、私は彼の腕に包まれていた。
◇
クレメンテは、夕暮れの回廊を一人歩いていた。
彼はふと立ち止まると、東の庭園を眺めた。
(アダルジーザ様……)
庭園には、柔らかな風に白い花々が揺れている。その美しく清らかな佇まいに、彼女の姿が浮かんだ。
「クレメンテ、久しぶりだな」
背後から掛かった声に、彼は振り返る。そこには、かつての同僚だった騎士が立っていた。
「アダルジーザ様の近衛をしてるそうだな。羨ましいぞ」
その言葉に、クレメンテは瞳を伏せて微かに微笑んだ。
「フィデルは運が悪かったが、お前は上手くやってるみたいだな……今度、話を聞かせてくれよ。誰にも言わないからさ」
「何のことだ」
「何って……言わせるなよ」
にやりと笑った騎士が、クレメンテへと耳打ちする。
その囁きに眉を顰めた彼は、騎士を睨み付けた。
「何をふざけたことを……私たちはそのような――アダルジーザ様は、そのような御方ではない!」
「なっ……そんなに、怒るなよ……」
狼狽えて苦笑いを浮かべる騎士をもう一度睨むと、クレメンテは背を向けて歩き出した。
(あの方を守る。それだけだ……)
彼は拳を握ると、彼女の部屋へと向かう。その扉を守るために。
その時、回廊をひんやりとした風が吹き抜けた。
くすりと、誰かの笑い声が微かに落ち、ドレスの裾が風に揺れる。
偶然、彼の姿を目にした女がその後ろ姿を見つめていた。
その背に闇が迫ろうとしていることを、彼は知らなかった――




