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第三話 美しき戦利品

 月が昇る頃、皇帝テオバルドを乗せた馬車はグラナードの城へと帰還した。

 石造りの堅牢な城は、微かな月明かりの中で要塞のようにそびえ立っている。


 灰色の城壁を照らす松明の炎が夜風に揺らめき、アダルジーザの纏う純白のヴェールがふわりと広がった。


「あれが、“ペルラの真珠”と謳われたアダルジーザ王女か……」


「血に濡れていても、あれほどに美しいとは……」


 城門を守る兵たちがため息を零した。

 皇帝の腕の中で眠るアダルジーザの美しさに、皆が目を奪われていた。


「皇帝陛下……!」


 テオバルドが城に入ると、待ち構えていたように一人の侍従官が駆け寄ってきた。首の後ろで一つに束ねられた黒髪は、僅かな乱れもない。


「まさか……その姫君は──」


「アダルジーザだ」


 現れた侍従官に、テオバルドは満足気に笑んだ。

 侍従官は、片眼鏡モノクルを整えてアダルジーザを一瞥すると、非難するような眼差しでテオバルドを見つめる。


「その方をお連れになるのだけはおやめくださいと、あれほど申し上げたというのに……」


「アダルジーザがいなければ、あのような国に手を出してはいない」


 テオバルドが返した言葉に、侍従官は唇を結んだ。そのはしばみ色の瞳は鋭さを帯びている。


「その姫君が、“傾城傾国”だと言われているのはよくご存じでしょう? ペルラ王国が攻められたのも、プラータの国王が弑逆されたのも――」

「アダルジーザは何もしていない……すべては、愚かなプラータのせいだ」


 テオバルドは、侍従官の言葉を遮りそう言った。

 侍従官は、テオバルドの腕の中で眠るアダルジーザに視線を移す。


 ヴェールを纏った宵闇のような長い巻き毛は、絹糸のように煌めいている。

 純白の花嫁衣装は赤く染まっているのに、その姿はひどく清らかで、それでいて蠱惑的だった。まるで、女神の化身のように――


「皇帝陛下……この国が、滅びても良いのですか」


「エルネスト・バルデス。貴様は、女一人でこの帝国が滅びると言うのか」


 鋭さを増したテオバルドの眼差しに、バルデスは小さく息を呑んだ。

 流れる沈黙に、テオバルドは軽く息を吐く。


「アダルジーザに部屋と侍女を用意しろ。――信頼できる近衛騎士も」


「近衛騎士たちは皆が名家の出身。選りすぐった者ばかりですが……」


 切れ長の赤い瞳が、バルデスを射抜くように見つめる。


「アダルジーザを欲しない者だ」


 低く言い渡された難題に、バルデスは僅かに眉を寄せた。

 少し離れた場所では、巡回の兵たちが立ち止まってアダルジーザに見惚れている。

 その視線に気付いたテオバルドは、彼女の顔を隠すように抱き直した。


「……善処させていただきます」


 ため息混じりのバルデスの返事。

 腕の中の無垢な寝顔に、テオバルドは微かに笑んだ。


 夜の城門に漂う静寂は、どこか嵐の前のようにも思えた――

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