第二十九話 宣戦布告
穏やかな陽射しが照らす南の庭園。咲き誇る淡い色の花々が、春風に揺れている。
テーブルには淡い薔薇色のクロスが敷かれ、紅茶の良い香りが漂っていた。
白い磁器のティーポットからはふわりと湯気が立ち昇り、見慣れたものから目にしたことのないものまで、様々な焼き菓子が並べられている。
侍女たちは皆、すました顔でテーブルの脇に控えていた。良い予感がしなかったため、アニタは部屋に控えさせている。
「アダルジーザ様、お初にお目に掛かります。ザッフィロ王国のエメルリンダですわ」
そう言って淡く微笑んだエメルリンダは、癖のない金の髪に青い瞳が美しい清楚な王女だった。ペールブルーのふんわりとしたドレスがよく似合っている。
「初めてお会い致します。アダルジーザと申します」
私はそう名乗り微笑み返した。
着ているドレスは、ラベンダー色のドレスだ。目立たぬよう飾りのないシンプルなものを選んだ。
「貴女があの、アダルジーザ様ですのね……」
私の顔やドレスを不躾に見つめたのは、オーロ王国王女のドロテーアだ。波打つ金茶色の髪が、派手な顔立ちを際立たせている。
エミディオの婚約者だという彼女は、柘榴石があしらわれたティアラと赤いドレスを律儀に纏っていた。
(あんなろくでもない男のために……失礼だけれど、本当にお気の毒だわ)
エミディオとの一件がある上に、私も柘榴石のティアラを身に着けている。彼女のことは、どこか他人事とは思えなかった。
「もうすぐこちらで夜会が開かれるとか……皇帝陛下のお相手は、当然エメルリンダ王女のはずですわよね」
「そんな、私は……」
ドロテーアの言葉に、エメルリンダが微かな笑みを浮かべる。彼女が何を思っているのか、僅かに伏せられた青い瞳からは何も感じ取れなかった。
「アダルジーザ様は……プラータでも大変な目に遭われたと伺っておりますわ」
エメルリンダがティーカップを置いた。白く華奢な指が、胸の前で祈るようにそっと組まれる。
「暫く、ゆっくりお過ごしになったほうが宜しいかと……」
控えめでいて、澄んだ鈴のような声音。彼女のその気遣うような視線は、あくまで心配するかのような色を滲ませている。
(……つまりは、『部屋で大人しくしてなさい』って意味ね)
いかにも庇護欲を誘う可憐でか弱い姫君かと思ったが、そうでもないようだ。
「それにしても、ティアラを付けておいでだなんて……」
扇で口元を隠したドロテーアは、私を見て小さく笑った。その視線は、私の頭上に煌めく金のティアラへと注がれている。
彼女たちの頭上には、それぞれプラチナと金のティアラが輝いている。
ドロテーアは、国を失った私のことを見下しているのだろう。けれど、皇帝陛下の支配下にあり、何も持たぬ私に選ぶ権利はないというのに――
「これは――」
答えかけて、思わず私は口を噤んだ。皇帝から贈られたなどと、彼女たちには嫌味や自慢にしか聞こえないだろう。
言葉を濁した私に二人の視線が向けられ、どうしようかと考えあぐねていたときだった。
石畳に、硬い靴音が響いた。
「アダルジーザ」
「皇帝陛下……」
突然現れた彼に、私は立ち上がると一礼する。
彼女たちも同じように立ち上がって、ドレスの裾を摘んで頭を垂れた。
「よく似合っているが……ネックレスはどうした」
彼が私の髪に触れ、そう言った。
彼女たちの視線を感じ、気まずい沈黙が流れる。
(あんな派手なネックレス、お茶会に着けられるわけないでしょう……)
大きな柘榴石が幾つも並んだ金のネックレスは、部屋の鏡台の引き出しに仕舞ってある。
「そう言えば、晩餐のときも着けていなかったな……」
「ティアラと揃いで贈っただろう」とテオバルドが口にする。
その時、ドロテーアの眼差しが急に変わった。鋭くなったその瞳の奥には、暗い炎が揺らめいているように見える。
(まさか……彼女は、皇帝陛下のことを……)
私は彼女から目を逸らした。
けれど、視界の端にいる彼女の視線が突き刺さるように感じる。もし、柘榴石のティアラも赤いドレスも、エミディオでなくテオバルドを想って身に着けているのだとしたら――
「あれは……わたくしには華やかすぎて……」
私がそう答えると、彼は小さく笑った。
「よく似合うはずだ。アダルジーザ……愛するお前のために選んだのだから」
そう言って、彼は私の頬にそっと触れた。
彼女たちが、微かに息を呑んだのが感じられた。
(やってくれるわね……)
私は、胸の内で深くため息を吐いた。
これは、彼なりの宣戦布告なのだろう。私にとっては大迷惑でしかないが、止めようがない。
「今度の夜会では、ネックレスも着けてくれ」
夜会については彼女たちも話していたが、私にとっては初耳だ。
顔を上げた私を見つめ、彼は微笑んだ。
「エスコートは私だ。……楽しみにしている」
そう低く囁いた彼は私の手を取ると、口づけた。ふいに触れたその熱と柔らかさに、思わず頬が熱くなる。
手に口づけたまま私を見た赤い瞳が細められ、彼が笑んだ。
向かいの席で、何かが微かな音を立てた。
けれど、彼女たちの方を見ることは出来なかった。




