第十八話 嫉妬心と隠された血脈
「アダルジーザ、いるか」
突然に開かれた扉に、私は顔を上げた。
部屋へと入ってきたテオバルドに、部屋の隅に控えていた侍女たちはすぐさま腰を折る。
私の傍らにいたアニタは唖然と固まっていたが、慌てて頭を垂れた。
(ノックもしないなんて……)
私は立ち上がると、ドレスの裾を摘んでテオバルドに一礼した。
「皇帝陛下」
顔を上げると、彼の赤い瞳が私をじっと見つめていた。その意を測りかねて見つめ返すと、彼は僅かに視線を落として口を開いた。
「……大司教と会っていたと聞いたが」
(大司教……ナタニエル様のことね)
「それが、どうかなさったのですか」
「あの男とは会うな」
想像もしていなかった発言に、言葉がすぐには出なかった。
ナタニエル様は聖職者で――その中でも特別だ。他の男達と同列に扱われるなど、あまりに心外だった。
「どうしてですの」
テオバルドは答えなかった。
彼の目を見つめると、視線が逸らされた。
「納得できる理由を、お教えくださいませ……大聖堂に行くことを禁じると仰せなのですか」
私がそう言うと、彼は「そういうつもりで言ったのではない」と小さく返して口を噤んだ。
伏せられた彼の赤い瞳は揺れているように見えた。
そのとき、彼の後ろからベルナルディータ卿が静かに現れた。私を見つめる瞳は炎のように揺らめいている。
「ベルナルディータ卿――」
「皇帝陛下の寵愛を受けながら、カンデラリア大司教様にあのように気安く……許されることではありません」
「あの御方に、神聖力を使わせるなど……」と震える声で言うと、彼女は胸元に煌めく桔梗の紋のペンダントを握った。
「わたくし、気安くしたつもりはありませんわ。第一、ナタニエル様は──」
「おやめください! あの御方の名が穢れます!」
(何ですって……?)
部屋の隅の侍女たちは、期待に満ちた目付きでこちらの様子を窺っている。私の傍らに控えるアニタはこの状況に狼狽えている様子だ。
「ベルナルディータ卿。……アダルジーザのことを何だと思っている」
テオバルドの低い声が落ち、ベルナルディータ卿の瞳が微かに揺れた。
「恐れながら、それは……」
「言え。命令だ」
低く放たれた声に部屋が静まり返る。
テオバルドに見据えられ、ベルナルディータ卿は拳を握ると静かに口を開いた。
「……プラータの国王や王子を惑わし、この帝国でも、皇帝陛下だけではなくフィデル卿まで……」
そう言って、ベルナルディータ卿は私を睨んだ。
(フィデル卿を、信じているのね……)
「アダルジーザがフィデルを誘惑した、と。そう言いたいんだな」
「フィデル卿は、命も落としたのですよ!」
そう喚いたベルナルディータ卿に、テオバルドが鋭い視線を向けた。
「落としたのではない。私が奪ったのだ。……私のものに触れようとしたからな」
「ですが、それはあの方が──」
「アダルジーザは何もしてはいない……私が触れようとしたときに、命を絶とうとした女だ。この私を拒む女が、一介の近衛騎士を誘惑すると言うのか」
「そう、なのですか……ですが、女神エルシリア様の血を引く尊いあの御方に神聖力を使わせ、気安く接するなど……」
ベルナルディータ卿の言葉に、テオバルドの赤い瞳が僅かに伏せられた。
「……お前の言う尊い女神の血とやらは、その女にも流れているが」
「えっ?」
思わず、声が出てしまった。
ベルナルディータ卿が、呆然と目を見開いている。侍女たちだけでなく、傍らのアニタも私を見つめていた。
「知らなかったのか。アダルジーザ、お前の祖母は――スフェール王家の直系だ」
(嘘、でしょう……?)
母の血筋については、誰からも聞いたことはなかった。
「お許し、ください……」
ベルナルディータ卿は瞼を伏せると、跪いて頭を垂れた。
「……私、ベルナルディータ・ドレルは、本日をもって騎士の名を返上致します」
「待って、それは──」
「私は、騎士としても決して許されぬことをしました……どのような処罰も厭いません」
彼女は震える声でそう言うと、深く頭を下げてから部屋を飛び出していった。
テオバルドは、静かな眼差しで私を見つめている。
(お父様は、何故隠していたの……? まさか、私の力は――)
傷を癒やしてくれたナタニエル様の白い光を思い出し、私は手をそっと握り締めた。
傍らのアニタは、黙ったままだ。
私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。




