表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/47

第十七話 静かな警告

 皇帝の執務室には、ペンを走らせる微かな音が響いていた。

 夕陽が窓辺から差し込み、室内を薄紅色に染めている。


「……皇帝陛下」


 いつもより控えめなノックの音と共に、バルデスの声が響いた。どこか強張っているその声音に、テオバルドは顔を上げた。


「バルデスか、どうした」


 扉を一瞥したテオバルドは、再び書簡にペンを滑らせる。


「カンデラリア大司教様が、お見えです」


 いつもより硬いその声に僅かに目を見開くと、テオバルドはペンを止めた。


「……何の用だ」


 低く落とされたテオバルドの声。

 「開けてください」と穏やかな声が返される。


 バルデスによって開かれた扉に、テオバルドは眉間に皺を寄せた。


「お前のあるじは誰だ」


 そう低く放たれた声に、バルデスはただ頭を垂れた。

 その後ろから静かに現れたのは、ナタニエルだった。純白の聖衣が揺れ、微かな衣擦れの音が響く。


「久しぶりですね。テオバルド」


「ナタニエル……」


 穏やかな笑みを浮かべるナタニエルに、テオバルドは眉を顰めた。


「……何の用で来た」


 低く問うた声に、ナタニエルの瞳の奥が僅かに鋭くなった。彼は微かな笑みを浮かべたまま、ひとつの封書を執務机の上に置く。


(何のつもりだ……?)


 テオバルドは眉間に皴を寄せ、封書を開けた。

 取り出した紙には、四人の女の名が書き連ねてあった。すべて皇后宮の侍女で、所属まで記されている。


「これは……」


 その内の二人は、アダルジーザの部屋付きの侍女だった。テオバルドの瞳が、怪訝そうにナタニエルを見つめ返す。


「これは、一体何だ」


「アダルジーザ姫が、それらの侍女によって怪我をされました」


 静かに発された言葉に、テオバルドが立ち上がった。小瓶が倒れ、零れた黒いインクが書簡に滲んでいく。


「もう傷は治しました……アニタという侍女を庇って、怪我をされたのです」


 テオバルドは黙ったまま、微かに震える手で紙をめくる。


「……!」


「この城の皇后宮の侍女は……教育が、行き届いていないようですね」


 凍てつくような、冷たさを帯びた声音。

 テオバルドが手にする紙には、酷い文言が並んでいた。全て、アダルジーザを揶揄するものだ。


「……お前は、何を考えている」


 感情を抑えるかのような低い声に、ナタニエルが淡く微笑む。


「彼女のことを考えています」


 微笑むナタニエルに、テオバルドが忌々しげに目を細めた。


 「この城は、彼女にとってあまりに危険ですからね……近衛騎士も、信頼できないのですから」と低く落とされた声に、テオバルドは口をつぐんだ。


「貴方も、たまには大聖堂においでください」


 悠然と笑んだナタニエルに、テオバルドは鼻で笑ってみせた。


「存在するかもわからぬ女神に祈る趣味はない」


 その言葉に、バルデスは息を呑んだ。

 ナタニエルは表情を変えず、淡い微笑みを浮かべている。


「……それでは、私はこれで失礼します」


 二人の視線が、一瞬だけ交錯した。

 開かれた扉から、ナタニエルが静かに出ていく。

 静かになった部屋は、薄暗くなり始めていた。


「バルデス……頼みがある」


 主の珍しい申し出に、バルデスは顔を上げた。

 閉められた扉の中で、二人の話し声が微かに響き始める。


 新たな運命の歯車が廻り始めたことを、このときはまだ、誰も知らなかった──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ