第十五話 庭園でのひと時
陽光に照らされた東の庭園には、柔らかな風が吹いていた。
「アダルジーザ様、お口に合いますでしょうか」
「ええ、とても美味しいわ」
私は、ティーカップを置いた。
微笑んだアニタがそっとティーポットを傾け、薔薇の香りがふわりと広がる。新たに注がれたカップの中には、薔薇の花弁が揺らめいている。
「ありがとう、アニタ」と微笑みかけると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
後方にはクレメンテ卿、前方にはベルナルディータ卿が静かに控えている。少し暖かくなり始めた風が、鮮やかな花々を揺らしていた。
「アダルジーザ様は、本当に女神様のような御方ですね」
アニタは、恍惚とした眼差しで私を見つめている。
テーブルの少し先に立つベルナルディータ卿の鋭い視線が、一瞬だけ落とされる。その顰められた眉は、崩されることはなかった。
(彼女は相変わらずね……そんなに嫌なら、私の護衛など辞めてしまえば良いのに)
ただ、彼女は希少な女性の騎士だ。私の近衛を辞することを、テオバルドは許さないだろう。
私は胸の内で小さくため息を吐くと、アニタに微笑みかける。
「私も貴女たちと同じ……至って普通の人間よ」
そう返すと、アニタは激しく首を振った。
「アダルジーザ様は、女神様のようにお美しくて、お優しくて……」
「王族や貴族の方で、私たちにお礼を仰る方など見たことがありませんでしたから」とアニタは瞳を僅かに伏せて微笑んだ。
(確かに、言われてみればそうね……)
王族の生まれの私がすぐに礼を言ってしまうのは、前世の癖だろうか。
ただ──
(ナタニエル様……)
私は、庭園の隣に聳える白い大聖堂を見上げた。
ナタニエル様は、神官やペルラ城の使用人たちにもよく礼を言っていた。それは、単に彼の性格ゆえなのだと思う。
彼は、その名と立場に相応しく、清廉で慈愛に満ちていた。
(大聖堂に行けば、会えるかしら……)
けれど、私の足は凍り付いたように動かなかった。
昨夜のテオバルドとの噂を、彼は耳にしているかもしれない。まだ婚約すらしていないというのに、同じ部屋で一晩過ごしてしまった。
テオバルドからは口づけ以上は何もされなかったけれど、どんな女だと思われるか──ナタニエル様の顔を見るのが、私は恐ろしかった。
「アダルジーザ様、いかがなさいましたか」
「少し、考え事をしていたの……」
私は、ローズティーを口にして庭園を眺める。
鼻をふわりと抜ける薔薇の芳しい香りが、今は何故か息苦しく感じられた。
庭園を渡る風に、微かに甘さのある香の香りが漂う。
私は、白く輝く大聖堂を再び見上げた。
まるで私の心のように、庭園の薔薇の花が揺れていた。
深く息を吐いても、胸の内のざわめきは止まなかった――




