第十四話 甘い朝食と新しい侍女
朝の柔らかな陽射しに照らされた寝台には、焼きたてのパンの香りが漂っていた。
「口に合うか」
「ええ……とても美味しいですわ」
(何、この状況……)
私たちは寝台に座ったまま共に朝食を取っていた。――いや、取らされているといったほうが正しい。
寝台の脇に用意されたテーブルには、白パンにサンドウィッチ、サラダにスープ、フルーツなどが所狭しと並んでいる。
窓辺から差し込む光が、彼の銀の髪を淡く透かしていた。
「……その色も、よく似合うな」
私が纏っている薄紅色のドレスは、私が目覚めてから用意されたものだ。
顔を向けると、彼は淡く微笑んだ。胸が少しだけ高鳴った気がしたのは、気のせいのはずだ。
「アダルジーザ……」
名を呼ばれ視線を向けると、真剣な面持ちの彼が見つめていた。
「部屋付きの侍女だが……生意気な者がいれば入れ替える」
私は、暫し沈黙した。生意気な侍女など数えるまでもない。
「遠慮するな」と付け加えるように言った彼に、私は胸の内でため息混じりに笑った。
「それでは、皇后宮の侍女は総入れ替えになりますわね」
目を僅かに見開いた彼に、私は思わず小さく笑った。一拍遅れて、「考えておこう」と赤い瞳が細められる。
「他にも困っていることがあれば、何でも言ってほしい」
淡く微笑んだ彼に、何故か胸が締め付けられた。
(この人が、何故私に毒を……)
窓辺では、いつの間にか訪れていた小鳥たちが愛らしく囀っている。
「随分と食が細いな」
「……胸がいっぱいですの」
この状況で、たくさん口にできるわけがない。
私は果実水を口にすると、硝子のデザートカップを手にした。中には、薄いピンク色のムースが入っている。
(柘榴……?)
ムースの上には、艶やかな赤い実が三つ飾られている。
私は、一粒の柘榴とムースを掬って口に運んだ。
(美味しい……!)
甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「……!」
ふいに彼と視線が合って、心臓が跳ねる。
「美味いか」
「……ええ」
私を見て薄く笑んだ彼がグラスを手に取った。果実水を口にしたその唇に、頬が熱くなる。
その後は、何故か全てが甘く感じられた――
◇
(私、どうしたのかしら……)
部屋に戻った私は、ため息を零した。
胸が何故か重く、思考が上手くまとまらない。
冷静になるために、冷えた果実水を口にし、深く息を吐いた。
(テオバルド……)
彼の微笑んだ顔が浮かび、何故か離れない。
この城で過ごし始めて、彼が意外にも優しい人物だということがわかってきた。少し横暴なところがあるが──そう考えて、私は小さく首を振った。
彼がもし私を殺すつもりだとして、わざわざ毒杯を差し出す必要はないのではないか。彼なら、殺そうと思えば即座に斬り捨てることができるはずだ。
――ということは、物語の最期は所謂断罪で、私が毒杯を受けるような出来事が起きるのだろうか。
(一体、どうして私は毒を──)
その時、軽快なノックの音が響いた。
部屋の隅に控えている侍女たちが僅かに顔を上げる。
「侍従官のバルデスでございます。アダルジーザ様に、新しい侍女をご紹介に上がりました」
扉が開かれ、彼の後方に控えていた一人の侍女が進み出ると、深く頭を垂れた
落ち着いた色味の赤毛は後ろで一つに編まれている。翡翠色の丸い瞳が愛らしいその小柄な侍女は、私よりも少し年下に見えた。
「アニタ・ブランカと申します。これより、アダルジーザ様にお仕え致します」
彼女は緊張した面持ちで微笑むと、再び頭を下げた。
(可愛らしい子ね……)
彼女の毒気のない微笑みや声音に、私は安らぎを感じた。
「アダルジーザですわ。宜しくお願いしますね」
そう返して微笑むと、彼女は瞳を揺らし頭を垂れた。
(ここでは、気が休まらないわね……)
部屋の隅には、相変わらず冷ややかな瞳の侍女たちが控えている。彼女たちは、挨拶をしたアニタに、まるで品定めするような視線を向けていた。
「アニタ……早速だけど、庭園に行こうと思うの」
「畏まりました。すぐにご用意致しますね」
アニタは瞳を輝かせて微笑んだ。




