第十一話 ペルラの真珠
「アダルジーザ様ですね。お初にお目に掛かります。皇帝陛下の侍従官のエルネスト・バルデスと申します。どうぞ、バルデスとお呼びください」
「皇帝陛下の命で、アダルジーザ様のお好みの食材を伺いに参りました」と彼は恭しく一礼した。
(皇帝直属の侍従官を、こんなことで遣わせるなんて……)
呆れた私は、胸の内でため息を吐いた。
「バルデス様、お忙しい中にわざわざご足労いただいて恐縮ですわ。……折角ですから、皇帝陛下のお好きなものをいただきたいと思っておりますの」
そう返すと、彼は僅かに目を見開いた。
我が儘を言うとでも思われていたのだろうか――
けれど、それも良いのかもしれない。私がどれほど慎ましく振る舞おうと、私の評価が変わるとは思えなかった。
「畏まりました。……では、夕刻にお迎えに上がりますので」
彼は微かに微笑むと、一礼して静かに部屋を後にした。
侍女たちは、相変わらず冷ややかな視線のまま佇んでいた。
◇
冷ややかな眼差しの侍女たちは、意外にも湯浴みから髪を結うところまで丁寧に仕上げてくれた。
私は、鏡に映る自分の姿を見つめた。
着せられたのは、テオバルドから用意されたという深紅のモスリンのドレスだった。
随分派手なドレスだと思っていたら、ふんわりとした生地やデザインのおかげか、着てみるとそう派手には感じなかった。
(魔性の女のようには、なっていないわよね……)
結い上げられた髪にそっと触れると、梔子の花の甘い香りが漂った。
香油を垂らされた黒髪は、耳の上から後頭部にかけて結い上げられ、その下の髪は背中に垂らされている。頭上には、柘榴石があしらわれた金のティアラが輝いていた。
(自分のものだと示したいのだろうけど……露骨すぎるわ)
「……ようございましたね。ペルラはもう滅びたというのに、皇帝陛下からこんなにも御目をかけていただけるなんて」
「この国が、プラータのようにならないことを祈っておりますわ」
侍女たちの発言に、思わず言葉を失った。
ペルラを滅ぼし私を奪ったプラータ国王は、息子である王太子に弑逆された。そして、あの日私の伴侶となるはずだった王太子はその弟に――
だが、この帝国に仕えながら、よくもそんなことが言えたものだ。
冷ややかな視線を向ければ、侍女たちは揃って微笑を浮かべている。
(さて、何と返そうかしら……)
そう考えていた時、扉が大きく開かれた。
「アダルジーザ」
ノックもなく開かれた扉から、テオバルドが現れた。
侍女たちが慌てて部屋の隅へと移動し、頭を垂れる。
「皇帝陛下……」
裾を摘んで彼に一礼すると、赤い瞳が見開かれた。
「アダルジーザ……お前は本当に美しいな」
「黒髪と白い肌に、赤がよく映える」と彼は私を見つめ満足気に笑んだ。
「皇帝陛下が用意してくださった装いのおかげですわ」
私がそう静かに返すと、彼は私の頬にそっと触れた。その手は、想像していたよりも温かかった。
「アダルジーザ。元は、お前は私の后になる予定だった……プラータの王族共が身の程も弁えずお前を攫ったから、返してもらった。それだけのこと」
「ペルラの真珠は、私だけのものだ」と彼は私を抱き上げて薄く笑った。
(后? でも、その話は……)
幼い頃に立ち消えになったはずの彼との婚約。
彼は、ずっとそれを望んでいたとでもいうのだろうか──
「……それと、お前たち」
低く放たれた声に、思考が遮られた。
彼は、私を抱いたまま侍女たちに視線を向ける。
「口づけも知らぬ女が、この私を誑かせると本気で思っているのか」
(なんてことを……!)
熱くなった私の頬に音を立てて口づけると、彼は私を抱いたまま部屋を出た。
その口元には微かな笑みが浮かんでいる。
羞恥に襲われる私に、侍女たちの様子を見る余裕などなかった。
私は、赤く染まった顔を隠すように彼の首にしがみつく他なかった――




