「第7章:隣室の秘密と静かな夜」
クルサとノイラは、どこか現実味のない表情のまま寮の部屋へ戻った。
二人とも、まさか同じ部屋になるとは信じられず、頭の中は真っ白だった。
「……ねえ、クルサ。私、先にお風呂に入ってもいい?」
ノイラが控えめに尋ねる。
「もちろん。じゃあ、俺は少し隣の部屋に行ってくるよ」
「何をしに?」とノイラは浴室へ向かいながら聞く。
「ちょっと、誰かと話すだけさ」
「そう……じゃあ、入るね?」
「うん」
クルサはそう言って部屋を出た。
四階の廊下を歩いていると、ガラス棚の中に飲み物のボトルが並んでいるのに気づく。
一本取って喉を潤し、空き瓶をゴミ箱へ捨てた。
その後、クルサは412号室――静香の部屋の前に立ち、軽くノックする。
「はーい、ちょっと待ってね!」
しばらくして、濡れた髪をタオルで拭きながら静香が扉を開けた。
「……あ、もしかして邪魔だった?」
「ううん、大丈夫。ちょうど五分前にお風呂を出たところだから」
「中、入ってもいい?」
「ええ、どうぞ。……でも、部屋見て驚かないでね?」
「了解」
クルサは親指を立て、舌を少しだけ出す。
「その顔、ちょっと可愛いかも」と静香は笑った。
「そう?」とクルサは自分の真っ直ぐな髪を指で弄ぶ。
「昼間は髪、少し癖があったのに……今は真っ直ぐね」
「ああ、さっき整えただけだよ」
部屋に入った瞬間、クルサは言葉を失った。
ピンクを基調にした部屋、ぬいぐるみ、柔らかな照明。
「……可愛い部屋だね」
「うぅ……やっぱり言われるよね」
「お茶、飲む?」
「ぜひ」
「どこに座ればいい?」
「ベッドでいいよ!」
クルサが腰を下ろすと、そこに制服が置かれていることに気づく。
「この服は……?」
「きゃっ! 見ないで!」
静香は慌てて服を抱え、顔を赤くする。
クルサはすぐに視線を逸らした。
「大丈夫、俺のせいじゃない」
「ここ、君一人部屋なんだね?」
「そうだけど……?」
「俺は二人部屋でさ。しかも相手が……」
「まさか……ノイラ!?」
「正解」
「どうして学校は、私とノイラで同室にしなかったのよ……」
「まあ、俺たちは別に気にしてないよ。……多分」
「不思議と、君よりノイラのほうが怪しく見えるんだけど」
「それ、どういう意味?」
「なんとなく、直感?」
「ところで、さっき何してたの?」
「昔の写真を見てただけ」
「見てもいい?」
「……それはダメ」
静香は写真を胸に抱きしめる。
そこには彼女と、赤髪の少女、黒髪の少年、そして――白髪の少女の顔だけが指で隠されていた。
(……覚えてるかしら)
「はい、お茶どうぞ」
クルサは一口飲み、目を見開く。
「……美味しい。今まで飲んだ中で一番かも」
「高山の茶葉よ。淹れ方を間違えると、ちょっと……ね」
「……あれ? 少し頭が……」
「えっ!? ちょっと発酵が強かったかも……初めての人は酔いやすいの」
「……悪いけど、洗面所借りていい?」
「ど、どうぞ」
顔を洗い、クルサは戻ってくる。
ベッドに座り、目を閉じ、呼吸を整える。
三十秒後――
「……ふぅ。もう平気」
「は……?」
静香は目を見開く。
「どうやったの?」
「うーん、普段から薬草茶飲んでるから?」
「絶対違うと思うけど」
「可能性はゼロじゃないでしょ?」
二人は小さく笑った。
沈黙の後、静香が尋ねる。
「今日、リリアーナ先生と戦った時……どうしてあんなに速かったの?」
「六歳から速度だけは鍛えてたから。反射神経、かな」
(……それだけじゃ説明つかない)
「じゃあさ、明日休み時間にデュエルしない?」
「デュエル?」
「一対一で。倒れるまで」
「二対二じゃダメ?」
「……まずは一対一で、ね」
「まあ、いいけど」
(ごめんね、クルサくん……)
「そろそろ戻るよ。ノイラも終わっただろうし」
「うん……本当はもう少し話したかったけど、また明日ね」
「じゃあ、また。アカルイさん」
「……次は、静香って呼んでいいよ?」
「……気が向いたら」
クルサは部屋を出た。
「……なんであんなに早く帰っちゃうのよ」
静香はベッドに倒れ込み、ぬいぐるみを抱きしめた。
413号室に戻ると、ノイラが長い桃色の髪を梳かしていた。
「遅かった?」
「ううん、大丈夫」
「……チェス、やる?」
「いいね」
こうして二人は、静かな夜にチェスを始めた。




