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〈シークムンド・ベーヴェルシュタム〉
時間はあっという間。
止まることは無く、進み続ける。
私はあの日の事を後悔しない日はない。
「カルロッテ・アブラムソン公爵令嬢が異世界人……」
どんなに思い返しても、彼女が異世界人だとは信じられない。
いや、判断する材料がない。
私は婚約者との時間は最小限にし、彼女の事を良く知らない事を知った。
幼い頃からの婚約者を知らないなんて……
『シークムンド、この方がお前の婚約者だ』
父に婚約者を紹介すると言われたのは七歳だった。
「貴方がシークムンド王子ね、私カルロッテ・アブラムソンよ。よろしくね」
第一印象の彼女は、自信家で貴族のマナーなどなかった。
私が出会った事のある令嬢は、王族を前にすると尻込みしたりお淑やかになったりする。
全ては私の顔色を窺っての事。
彼女だけは違うと思っていたが……それは私の勘違いだった。
『この度シークムンド様の婚約者になりました、公爵令嬢のカルロッテ・アブラムソンです』
彼女は頂点に立ちたい人間。
貴族の中で一番だと思っていたから私にもあの対応だったのだ。
だが貴族の上に王族がいるのを知り、私との婚約を望んだ。
彼女の姿を見て、彼女も他の令嬢達と一緒だったのだと知る。
『シークムンド様、私は貴方の婚約者なのですよ。私を誰よりも優先するべきです』
お茶会を一度欠席した時に、令嬢に言われた。
事前に手紙で欠席の理由と謝罪をしていたのだが、『優先順位が違う』とヒステリックに訴えられた。
それが切っ掛けとなり私が彼女と距離を置いたのだが、彼女は意地になって私の後を追ってきた。
『月に一度のお茶会であの態度だと、学園に通うようになったらもっと……』
学園に入学しても付き纏われるのかと思っていたが、令嬢からの接触は無かった。
違和感を感じていたが、安堵していた。
その後も令嬢からの接触は一切なく、廊下ですれ違っても声を掛けられることは無かった。
視線は合っていたのに……
『ベーヴェルシュタム王子っ』
『エスモンド伯爵令嬢』
令嬢とは婚約者候補として挨拶をしたことがある。
『昼食をご一緒してもよろしいでしょうか? 』
令嬢達は私とアブラムソンが共にする姿を見ない事で、不仲だと予想し親密になることを企んでいるのが透けて見えた。
令嬢といるのをアブラムソンに見られたら……
『もしかして、アブラムソン公爵令嬢とお約束しておりましたか? 』
『……いや』
令嬢と食事をすることにした。
それが面倒になると分かっていながら。
『ベーヴェルシュタム王子、またお誘いしてもいいかしら? 』
『あぁ、もちろん』
私達が食事をしたことはその日のうちに学園に広がった。
その結果
『ベーヴェルシュタム王子、明日は私と昼食を共にしませんか?』
『いえ、私と一緒に』
多くの令嬢に囲まれることはあったが、その中にアブラムソン公爵令嬢の姿は無かった。
必ず令嬢から接触があると思っていたが、予想は外れ。
私は昼食を令嬢達と取る毎日を送っただけで終わった。
『キャッ』
『おっと……大丈夫? 』
『はい。すみません。、私ったらよそ見しちゃって』
『いや、気を付けて』
廊下で突然ぶつかって来たのが、アクセリナだった。
令嬢らしくない女性。
それだけの印象で終わると思っていた。
『あっ、あの時の方ですよね? 』
それからもアクセリナに声を掛けられる。
最初はあしらっていた。
『シークムンド様ぁあ』
いつの間にか名前を呼ばれていた。
そんなに親しくしていたつもりはない。
『……えっと、君の名前は……』
『私はアクセリナって言います……それで……シークムンド様に相談したいことが……』
涙目で見上げられる。
可愛いとは思うも興味はない。
『えっと……相談する相手は私じゃない方が……』
『シークムンド様じゃないと……』
『何故、私なんです? 』
『その……シークムンド様の婚約者様が……』
『アブラムソン公爵令嬢が何だ? 』
『私とシークムンド様の関係は不適切だと……それで……平民の私はシークムンド様と会話することも許されない、と……』
アブラムソン公爵令嬢が?
学園に入学してから一切私に興味を示さないと思っていたが、私の知らないところで……
アクセリナからその話を聞いてから、今まで以上に周囲に……アブラムソン公爵令嬢に伝わるよう行動した。
令嬢達の誘いは断り、アクセリナを優先した。
アブラムソン公爵令嬢がアクセリナに何度も接触していると聞いて……
「あぁ……私は、アブラムソン公爵令嬢の気を惹きたかったのか……」
今になって、自身の感情に気が付くなんて……
「学園で私から声を掛けていたら、令嬢が異世界人だと気が付いただろうか?」
自身の感情に気が付いてから、余計アブラムソン公爵令嬢の事を考えるように……
「……アブラムソン公爵令嬢……戻ってこないだろうか……」