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「……ふぅ……長かった……」
ハッピーエンド……それは、私が一番聞きたかった言葉。
「そうだ令嬢への処罰だが、心優しきアクセリナは望んでいないと言う」
「はい、私はカルロッテ様が反省してくださればそれで十分です」
二人は自身の物語に酔いしれているのか、悪役を許し寛大さを周囲に見せつけたいのが窺える。
そんな事は私にとってどうでもいい。
「……フフッ」
「どうした? ……アブラムソン公爵令嬢?」
「シークムンド様との婚約破棄がショック過ぎたのかもしれませんよ?」
二人は私の想像とは違う反応に不満気。
「……やったぁ……これで漸く解放されるぅ」
嬉しさのあまり万歳しながら心の声が盛大に盛れてしまった。
「ア……ブラムソン……公爵令嬢?」
「カルロッテ様?」
突然の私の行動に二人だけでなく、全員が困惑する。
「あっ、私処罰も反省もお断りなんでっ」
笑顔で二人に告げる。
「何を言っている? 折角アクセリナの優しさで処分を軽くしてやるつもりだったのに、全く理解していないな」
「カルロッテ様、罪を認めて反省してください」
二人は私に反省するよう訴えているが、そんなものは私に関係ない。
「……ん? やったぁ、出た。『ゲーム終了。このまま、この世界に留まりますか? それともゲームを離脱しますか?』離脱、離脱。元の世界に絶対帰る」
盛大な独り言を呟く私の姿に、全員が凝視している。
そして私が大声で宣言すると、突然大きな扉が出現。
その光景に周囲が騒めく。
「これでやっと帰れる。皆、バイバイ」
アブラムソン公爵令嬢という立場では考えられないような仕草で皆に大きく手を振ってから、現れた扉に一目散に駆けていく。
「……ア……ブラムソン公爵令嬢ぉぉぉぉ、ままま待ってくれぇぇぇええええ」
シークムンドに呼び止められたようだが、私は躊躇なく扉の向こうへ。
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「んっんん?」
「あら、目覚めた?」
「えっと……」
「貴方、廊下でふざけていた男子生徒に巻き込まれて頭を強打して気絶していたのよ」
「気絶?」
「そうよ」
私が目覚めた場所は、見覚えのある学校の保健室。
元の世界に戻ってこれたようだ。
「大丈夫? 午後の授業出られそう?」
「はい、大丈夫です」
「そう。もし体調悪くなったりしたら、直ぐに来るのよ」
「はい」
私は保健室を出て、教室へ向かう。
てっきり事故などに遭い乙女ゲームの世界に転生してしまったと思っていたが、実際は私の『夢』だったのかもしれない。
「はぁ……でも、疲れたなぁ」
何年にも感じた世界は、数時間の夢の出来事だった。
「夢にしては結構リアルだったなぁ……」
頭を強打と聞き、摩ると痛みを感じた。
本当にあれはただの夢だったのだと実感。
「あれって、昨日のゲームだよね?」
私が体験した世界は昨日、徹夜してしまったゲーム。
面白過ぎて、夢に出てきたのだ。
「私には現実世界の方が性に合ってるわ」
三峰あけみは暇な時間をゲームで過ごしていた。
ゲームに夢中になり過ぎている自覚はあった。
現実には早々出会えないようなイケメン攻略対象との恋愛ゲーム。
ハーレムを作っても周囲に咎められないどころか、皆に羨ましがられ最終的には王妃にまでなってしまう現実離れした世界。
現実ではないから楽しめたが、実際は大変な事が多かった。
ヒロインの方になっていればまた違ったのかもしれないが、私が体験したのは物語を盛り上げる為の悪役の方。
ゲーム中は疑問を抱くことなく攻略対象との仲を深めたけど、目の前であのような行動をされたら別で、ヒロインやそれを受け入れる攻略対象にも辟易していた。
「はぁ……目覚めて良かったぁ」
これからはゲームにのめり込む事はないと思う。
──────
その頃、ゲームの世界では。
「まさか、アブラムソン公爵令嬢は異世界人だったのか? 何と言う事だ……」
目の前の出来事にシークムンドは顔色を悪くし頭を抱える。
その場に居合わせてしまった生徒達にも動揺が走る。
「シークムンド様?」
一人状況を呑み込めていない人間がいた。
「どうなっている?」
卒業生を祝う為に登場した国王陛下は、会場の雰囲気がおかしい事に気が付く。
「シークムンド、どうした?」
「いえっ……その……はい……」
シークムンドは父である国王に目の前で起きた事を言えずにいた。
「なんだ? 何があった?」
国王は会場内の見張りをしていた騎士を呼び付け、状況を確認する。
「……何っ、アブラムソン公爵令嬢が異世界人だった……だと?」
「はい」
騎士の報告を受け、その場にいたシークムンドに視線を向ける。
「シークムンド、アブラムソン公爵令嬢が異世界人だというのは本当か?」
「……本人に確認は出来ておりませんが……『元の世界に帰る』と発言し、突然現れた扉で消えてしまいました……」
「何故そんな事になった?」
「それが……その……」
いくら待ってもシークムンドは、自身が婚約破棄を宣言した事が原因だと言えずにいた。
シークムンドの様子からいくら待っても言えないと判断した騎士が国王陛下に耳打ちをする。
「……何っ、婚約破棄だとっ」
先程の自身の行動が国王に知られた事で、シークムンドは震えだす。
「シークムンド、どういうことだっ。私に報告なく婚約破棄を宣言したのか? 答えよ」
「……もっもっもっ申し訳……ありませっん」
「謝罪しろと言っているんじゃない。私の許可なく婚約破棄を宣言したのかを聞いているんだ」
「……はっ……はっ……はっ……い……」
「何故そのようなことをしたっ」
「……それっ……はっ……」
国王と王子の会話に全員が音を立てずに存在を消していた。
「異世界人が国にどれ程の影響力があるのか知らない訳ではなかろう?」
「……はぃ」
「それなのに、婚約破棄をして元の世界に帰させたのか?」
「……ア……ブラムソンッ公爵令嬢が……異世界人だとは、気づかっず……」
「気付かず婚約破棄か……それで、隣にいる女性はなんだ?」
「……ひっ……か……彼女は……その……」
国王の傍にいた人間は気が付いた。
人差し指をトントンとさせ、苛立ちを見せ始めている事に。
「……そなた、名をなんと申す?」
シークムンドがまともに答えられないと判断した国王は張本人に尋ねる事にした。
「私はアクセリナと申します」