4.リリアスの家
私は星空を眺めるのが好きだ。
家にカイゼルが泊まっているという事実に、部屋のベッドに入ってもなかなか寝付けなかったので、気分を変えようと家からそっと抜け出し、裏手にある小さな丘に登った。
ここは私のお気に入りのスポットだ。
こうして、時々夜中に抜け出して、ひとりで星空を眺めている。
(カイゼルって美形なんだもん。森で出会った時はあまり思わなかったけど、家のなかでは緊張しちゃうわ)
満天の星空を眺めると、自分の中のよこしまな考えも、すぅっと消えていく。
(今まで兄以外の男性とかかわってこなかったから、若い男性とどう接していいのか分からない……)
いつもの夕食にカイゼルが増えただけだったのに、さっきは食事の味が全然しなかった。カイゼルは美味しいと言っていたから、いつもの美味しい味だったんだと思う。
その後も、部屋の中にいるカイゼルが気になって仕方がなかった。
兄がカイゼルを客室に連れていき、私も自室に入ったけれど、同じ屋根の下にカイゼルがいるというだけで落ち着かないのだ。
(兄は貴族様だと言っていたけど、貴族様ってあんな感じなのかな)
ぼんやり考えていると、突然、男性の声がした。
「こんなに星がよく見える夜空は、久しぶりだ」
(え?)
いつのまにか、隣りにカイゼルが並んで、夜空を見上げている。
「……あんた、どうしたの?」
静かな夜風が二人の髪を優しく揺らす。
カイゼルはちらりとこちらを見たあと、夜空に視線を戻す。
「お前が家から出るのに気づいたから、ついてきた」
(え?どうして?)
そう思ったけど、私は空を見上げたまま言った。
「この村は街の明かりもないし、森に囲まれてるから、星を見るには絶好の場所だよ。そして、ここは私のお気に入りの場所なの。部屋からだとよく見えないけど、ここなら満天の星空が見えるから。時々、こうして出てくるの」
「一人で?」
「最近は一人だけど、小さなときは家族と一緒だったな。星を見ると、どんな時でも不思議と安心するの」
カイゼルは静かに頷いた。
「星が安心させてくれるのは、変わらないからだろう。どんな時でも、同じように輝いている」
「…あんたって、意外とロマンチストなんだね」
カイゼルは、肩をすくめる。
「兵士としての俺しか知らない人には、そんな風に思われたことはないけど」
「兵士って、もっと硬いイメージだったから。あんたは……ちょっと違う。どこか優しい感じがする」
カイゼルは驚いたような顔で見つめてきた。
「優しい……か。そんな風に言われたのは初めてだな」
私は小さく笑い、星空に視線を戻した。
「そう?私は、そう思うけど」
夜風が静かに吹き、草のざわめきが耳に届く。
「リリアス」
突然名前を呼ばれ、驚いた。
(名前を初めて呼ばれたわ)
「お前は、なぜ魔法をそんなに熱心に学んでいるんだ?さっきの夕食の時も、お母さんやお兄さんが心配していたけど……リリアス自身が危険に飛び込んでいるように見える」
私はその言葉に苦笑した。
「……私は幼い頃から魔力が強いと言われてきたのに何もできない自分が嫌だったの。せっかく魔力が強いなら、母のように魔法で誰かを助けられるようになりたいなって。でも、練習してるけど、なかなかうまくいかないわ」
カイゼルはその言葉に深く頷き、静かに言った。
「お前は強い人だ。自分の力を信じているし、それを使って誰かを助けようとしている。おれもそんな風に考えられたら……もっと違う人生があったのかもしれない」
「どういうこと?」
カイゼルは少し躊躇った素振りをみせた後、深い溜息をついて言った。
「俺の人生は、剣を握ることから始まった。戦うことが自分の使命だと教えられてきた。でも、本当はリリアスみたいに、誰かを守るために戦いたいと思っていたのかもしれない」
「……それなら、これからそうすればいい。過去は変えられないけど、これから何のために戦うかは自分で決められるよ。明日も森に行くんでしょ?」
カイゼルは一瞬驚き、それから目を細めて笑った。
「リリアスは、本当に不思議な人だね。」
「え?」
「なぜだか分からないけど、お前の言葉には心が動かされる」
私はなんだかとても恥ずかしくなって、カイゼルから顔を背け、星空を見上げた。
「……そんなこと言われると、照れるな。ねぇ、よかったら、私のことはリリーと呼んで。あんたのことはなんて呼べばいい?」
「カイと呼んでくれ。リリー」
「わかったわ。カイ。あなたが明日も森に行くのなら、私もついていくわ。私、意外と戦えたでしょ」
カイゼルは少し悩んでから言った。
「リリーが戦えるのは分かったし、さっきは『お前も戦え』と言って巻き込んでしまったが、リリーの家族を知ってしまったら、もうそんなことは言えないな。それにリリーのご両親だって許しはしないだろう」
「それなら、明日、私が両親を説得できたら、連れて行って。いいでしょ?」
そして、「カイ。これから、よろしくね」と私が右手を差し出すと、しぶしぶカイが握り返してきた。
「ふふ。これで決まり。じゃ、そろそろ部屋に戻って寝ましょう」