2.森の中の出会い
低く唸る音が森の中に響き渡り、茂みの向こうから数体の魔物が姿を現した。狼に似ているが、体は普通の動物よりも大きく、牙が鋭く光っている。目は真っ赤に燃え上がり、その動きには野生の獣以上の邪悪さがあった。
「やっぱり、仲間が来た!」
カイゼルは剣を構え、前に出る。
私はすぐに手を掲げ、魔力を集中させ始めた。
「俺が前を引き受ける。お前は後ろから援護しろ。」
「ちょっと、指図しないで!」
私がそう言ってカイゼルを見ると、カイゼルはとても冷静な目をしていたので、それ以上の反論は止めた。
一匹の魔物がカイゼルに飛びかかる。彼は素早く横に回り込み、鋭い剣の一撃で魔物を切り裂いた。だが、その後から次々と魔物が現れる。カイゼルは一匹ずつ切り裂いていくが、終わらない数の魔物を前にカイゼルの疲労が見え始める。
「私の力、見ててよ!」
私は深呼吸し、手のひらに炎の球を作り出した。そして、力強い声で呪文を唱える。
「炎よ、敵を焼き尽くせ――フレイム・バースト!」
私の魔法が炸裂し、十体ほどの魔物が炎に包まれて倒れる。どうやらこの場にいた魔物はすべて焼き尽くしたようだ。私は満足げに笑みを浮かべたが、魔力の使いすぎで少しふらついてしまった。
「おい、大丈夫か?」
カイゼルが一瞬振り返る。その隙をついて、どこからか焼けずに残っていた一体の魔物がやってきて、彼に襲いかかった。
「危ない!」
私はとっさにカイゼルの腕を掴み、彼を引き寄せた。二人は地面に転がり、カイゼルの上に私が覆いかぶさる形になる。
「……何をしている?」
カイゼルが困惑した表情で私の顔を見上げてきた。恥ずかしくなって慌てて立ち上がる。顔が熱い。
「助けたんでしょ! 感謝してよ!」
「感謝はしているが……次はもっと冷静に頼む」
そう話していると、また一体、どこからか魔物が突進してきた。カイゼルは立ち上がると素早く剣を振り、正確な一撃で仕留めた。
どうやらこれが最後の魔物だったらしい。
森は再び静けさを取り戻した。
私は息を切らしながらカイゼルを見た。
「意外とやるじゃない」
「お前もな」
カイゼルは薄く笑いながら、剣を収めた。
「でも、なんで魔物に襲われてたの?」
思わず疑問の目を向ける。
カイゼルは一瞬口を閉ざし、目を伏せたが、やがて言った。
「追われていたんだ。この国の平和を脅かす奴らに……。それ以上は言えない」
私はその答えが少し不満だったが、とりあえず頷き、それ以上深く聞くのをやめた。そしてふと気づく。
「あなたの名前、まだ聞いてなかったわ。」
「俺はカイゼル。セリウス王国の……ただの兵士だ」
「ただの兵士にしてはずいぶん偉そうね。」
冗談めかして言うと、カイゼルは肩をすくめた。
「じゃあ、お前は?」
「リリアス。ただの村娘よ。」
そう言って笑った。
(今まで「エルヴェンの森」で魔物に遭遇したことなんてなかったのに……。いったい何が起こっているの?こんなに魔物がいるなんて……。)
「とりあえず、一度私の家にこない? この森から30分ほど歩いたところにあるの。さっき私が治癒した傷もまだ完璧に治っていないうえに、新しい傷もできているみたいだし、まずはしっかり治療したほうがいいわ。私は魔法使いとしては未熟だけど、母は優秀な治療師よ」
森を抜けるにも、新たな魔物と出会うかもしれないので、慎重に進む。
静まり返った森に、二人の足音だけが響いていた。
私はとうとう我慢しきれなくて口を開く。
「ねえ、もう少し話してくれない? いきなり現れて、何も説明しないで……それで『ただの兵士』って、どう考えても怪しいでしょ?」
カイゼルは歩みを止めず、短く答える。
「余計なことを知らない方がお前のためだ。」
その冷たい返事にムッとしたが、すぐに肩をすくめた。
「じゃあいいわよ。こっちも別に知りたいわけじゃないし。」
少しの沈黙が続いた後、カイゼルがふと立ち止まり、口を開いた。
「お前の方こそ、一体何者だ? 村娘にしては魔法が扱えすぎる」
その指摘に鼻を鳴らして笑った。
「ただの村娘よ。でも、魔法の練習は子どもの頃からしてるの。少し特殊かもしれないけど、あんたみたいな怪しい人よりは普通でしょ?」
カイゼルは私の顔をじっと見つめた後、再び前を向きながらつぶやいた。
「……普通には見えないがな」
その言葉が本心なのかからかっているのか分からない。
森を出ると、小さな清流が現れた。カイゼルはそこで立ち止まり、水を手ですくって口に含む。
「少し休むぞ。」
私もしゃがみこんで、水面を見つめた。自分の顔が揺れて映る。慣れ親しんだ場所ではあるけれど、いつもと違う緊張感が漂っているように感じた。
「ここ、あんたにとっては知らない場所よね?」
そう問いかけると、カイゼルは頷いた。
「初めてだが、悪くない。静かで、空気が澄んでいる。」
その言葉に、少し驚いた。先ほどまでの冷たい態度とは違い、どこか柔らかさが感じられる声だった。
「ここは私のお気に入りの場所なの。小さい頃から何度も来てる。魔法の練習するにはちょうどいいんだけど……魔物が出るなんて初めてよ」
「それは俺たちのせいかもしれない」
カイゼルが低い声で答えた。
「俺たち?」
意味がわからなくて問い返すと、カイゼルは少し間を置いて答えた。
「俺の追っている魔物が、この辺りに引き寄せられた可能性がある。それに……奴らを操っている者がいる」
「操っている?」
「そうだ。魔物は単なる獣じゃない。明確な指示を受けて動いている。そして、それを指示している奴は……この国に災いをもたらそうとしている」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
「そんな危険な相手、あんた一人でどうするつもり?」
「俺には任務がある。それだけだ」
カイゼルの声は冷静だが、どこか孤独を帯びていた。その姿を見て、胸の奥が少しざわつく。
「一人で抱え込むのはやめなさいよ」
そう言いながら立ち上がり、カイゼルを見下ろした。
カイゼルは顔を見上げ、私を見て少し笑った。
「余計なお世話だ」