星の加護クズおじさんワニの胃腸と森のリス
「こんな賞味期限がオーバーザディスタンスしてるものを食べたら僕、死んでしまうよ! 僕、早死決定!」
「死因を押しつけてこないでよ! 賞味期限ちょっと過ぎてるだけじゃない! 食べても大丈夫だよ!」
一つ屋根の下に暮らし始めて数年経ち、すっかり互いに気心を知り合ったのはいいが、タノスケの繰り返される小者的言動と、それによりもたらされるストレスに冬美は悩まされていた。
「僕がお腹弱いことは知っているだろう? この前だってちょっと脂っこいもの食べたら、僕、案の定式でもって腹を壊したじゃないか。それは冬ちんも知ってることじゃないか!」
「〝ちょっと脂っこいもの〟じゃないよ。あんた、脂身ばかりを大量に食べてたじゃない。あんなことしたら私だってお腹壊すよ」
「いいや壊さないね。〝ワニの胃腸星〟の下に生を受けている冬ちんには僕の気持ちは分からないんだよ! 冬ちんは死肉に食らいついてデスローリングに引きちぎって食べたって腹壊さないよ。それくらい強靱な、ワニのような胃腸を持っているよ」
「食べ方は関係ないでしょ! っていうか、肉をデスローリングして食いちぎって食べたことなんてないよ!」
「予想だよ! イメージの話だよ!」
「変なイメージ持たないでよ! 自分の妻に対して〝こいつは死肉をデスローリングで食いちぎって食べてそうだな〟なんてイメージ持ってる夫がどこの世界にいるのよ! それに死肉って何よ! スーパーに売ってるお肉は全部死肉じゃない!」
「ぎゃふん! ちくしょう…… 腹さえ、腹さえ強ければ…… 腹さえ強ければ僕は……」
腹が弱いことと、言い負かされてしまうことは直接的には関係ないのだが、悔しい時、それを自分の責任として胸に抱え込めないタノスケは、原因を他に求めガチ勢な男なのである。
けれども、それが単に一時的、かつ、現在問題になっていることそれ限定で他責するのであれば、精神の衛生のため緊急避難的に許される場合も、あるいは人生のある苦境の一時期においてはあるのかもしれない。だが、残念なことに、タノスケは〝スルースキルの星〟の下に生を受けており、自分の責任をどんどんスルーする技術に長け、その技術でもっていつでもどこでも常時とことん他責思考を展開する男なのである。
そればかりか、これが金玉に傷持つ者の悲しさか、すぐと玉にキズ方式の思い上がった思い込みをも持ってしまうのである。
━━腹さえ強ければ、腹さえ強ければ、僕は完璧なのに! ━━
何がどう完璧なのかは誰にも分からぬが、タノスケの心中では確かにそのような思い上がりの絶叫が爆発する。 そして、絶叫は続く。
━━腹さえ強ければ、もっとたくさんご飯を食べて筋肉モリモリになれるのに! ━━
一切筋トレしていないから筋肉モリモリになれるわけないのに、タノスケはそう思う。
━━腹さえ強ければ、もっとたくさん食べられるのに! ━━
決して痩せているということはなく、平均体重よりは二十キロ以上重く、さらに明らかに腹が出ているのに、タノスケはそう思う。
━━腹さえ強ければ、もっと芸術的巻きグソを生み出せるのに! ━━
たまに生み出せているだけで十分なのに、タノスケはそう思う。
だが、こう考えてみると、タノスケをして〝腹が弱い〟とは言えぬ心地。腹が出ているならばオーバーカロリーであることは明らかだし、そうなると小食とはいえず、しかも、アートを感じるほど巻きグソが作れるくらいの長さと柔軟性と色艶と芳香と存在感と後光をもったウンコを捻り出せるのであるから、むしろ〝腹が強い〟部類に入る可能性すら十分にあるのだ。
とはいえ、しかし現実にタノスケは〝自分は腹が弱い〟と芯から思い込み、悩んでいるのである。どうやらタノスケ、〝巨乳なのに豊胸希望の星〟の下にも生を受けているようである!
んな話はいい。
そんな話はどうでもよくて、話は、同居して数年が経過し、すっかり気心も知れた冬美とのある晩の出来事である。
二十一時前だというのに、夏緒と春子はすでに二階で寝ていた。二人は夜更かしなどはしない子で、生活リズムを常に良好に保てる良い子なのである。この点は完全に母親の冬美ゆずりで、父親のタノスケには全く似ておらず、というかタノスケと二人の娘(夏緒と春子)とは血縁の関係ではないので似ていないのは当然な面もあるのかもしれないが、しかしともかく睡眠を重要視する(〝三年寝太郎の星〟の下に生を受けている)タノスケにしてみれば娘二人が毎晩早く床につく習慣をもっていることは実に微笑ましいのである。
━━早く寝れば、明日のパフォーマンスもあがる! ━━
と、無職ゆえ明日の予定ゼロであるくせにタノスケはそう思うのである。
━━早く寝れば、思考が整理される! ━━
と、普段から何も考えておらず、自国の総理大臣の名すら言えないくせにタノスケはそう思うのである。
━━早く寝れば、疲れが取れる! ━━
と、女漁りムーブの時以外はほぼ毎日、一日中家でゴロゴロしてて疲れゼロであるくせにタノスケはそう思うのである。
んで、なぜそう思うのかと言えば、どうでもいい話だが実はタノスケ、〝ウエイトリフティング世界チャンピオンの星〟と〝忍法分身の術の星〟と〝セルフサービス狂の星〟の星の下にもトリプル同時に生を受けており、その星の加護の宿命により、極めての〝自分棚上げ〟に出来過ぎているからなのである!
んなわけで、娘が寝て、うまうま冬美を独占できる案配のタノスケは、今夜も冬美にウザ絡みを始めた。
「そうだ! 冬ちん。冬ちんもコレ飲みなよ」
「なに?」
冬美はちょっと興味有り風味でもってタノスケが手に取った大きめの瓶を見た。瓶には〝エビオス錠〟と書いてある。
「何って、整腸剤だよ」
「整腸?」
「うん。実は先日、偶然これをスーパーで見つけてさ。運命の出会いと思い即座に買い求めたんだ」
「いくらしたの? 高いの?」
効能よりもまずは金額を気にする冬美にタノスケはムッとしたが、そんな状況に追い込んでいるのはタノスケなのである。
「いいじゃん、いくらだって。そんな高くはないよ。千七百円くらい。三ヶ月くらい飲めて千七百円だから、高いってことはないさ」
「ふうん。で、効くの?」
やっと効能を気にしてくれたかとタノスケの胸はダンシング心地。
「うん! まだ飲み始めて数日だけど、これは間違いなく効果あるよ! だからさ、是非冬美にも飲んで欲しいんだよ!」
タノスケは自分が良いと思ったものは、どうあっても冬美にも経験させ、もって肯定してもらいたいという甘えた気持ちがある。これは冬美にしてみればウザい、自信薄弱ムーブの披露に他ならない。だから冬美はちょっと気を落とし、
「いや、私はいいよ」
「まあ、まあ。遠慮せずお飲みよ」
「ほんといいって。第一、さっきタノ君、あたしの胃腸のこと、ワニくらい強いって言ったじゃない。そんな強い胃腸に整腸剤なんて要るわけないじゃん」
「ぎゃふん!」
再び言い負かされたタノスケは悲しく、甘えたくなり、お茶濁し系誤魔化ムーブを発動、冬美に抱きつくと冬美の防御をかいくぐり、各所を揉み揉み、そして、冬美の身体の中、この場合一番自分に必要な穴はどこかなと探し出す。〝森の可愛いリス星〟の下に生を受けているせいでタノスケは自分に必要な穴探しがやめられないのである。
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
「どうしたんだい? 子どもたちはもう寝ているよ?」
「そうじゃなくて」
「照れているのかい? 恥ずかしいのかい?」
「いや、ほんと、ちょっと待って!」
身を捩らせ、タノスケの手を振りほどき、ペチリと尻まで打ってきた。
「あ、痛!」
滑稽に痛がったタノスケに、それに合わせるかのように冬美は、
「愛のムチよ」
なぞ、得意気な顔を作り、にんまり笑う。
しかし、すでに湧き上がった性欲の激しさに翻弄され焦りに焦っているタノスケは、本来は微笑ましいそんなお道化的やり取りなぞ自身には無益余分なだけに思われ、プンスカ心地。んで、口から出任せに冬美を叱る。
「ちゃ、ちゃ、ちゃっとしろい!」
「???」
「あ、あ、アメとムチの使い分けをちゃんとしろい!」
「???」
「アメとムチの使い分け加減の妙こそが、子育て力の本質だ! だから、アメとムチの使い分けをちゃんとしろい!」
「……ど、どういうこと?」
「子どもにはしっかりとムチを与えてよお、この僕にはよお、アメだけを与えろい!」
「はあ?」
呆れた顔で高らかに冬美がそう言うと、二階の、寝ている夏緒と春子も母の声に無意識に反応したものか
「はあ?」
「はあ?」
同時に言った。