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2 友達

 「俺の威圧だと」

 「そうよ、さっきまで動けなかったもの」

 「でも、自分は何も感じなかったですけど」

 「そりゃ、レオンは精霊王陛下とヨアヒムの魔力を受け継いでいるからね」

 「ヨアヒムだと」

 その怒りに満ちた言葉とともに、ファーヴニルの姿がドラゴンに戻っていく。同時に、巨大化していくドラゴンの体重に負けて、床が沈んでいく。質量保存の法則はどこへ行った。

 「そのお酒は魔王がつくられたものですが」

 「何だと」と、ファーヴニルが叫んだ瞬間、屋敷の床が裂けた。

 アリエルが咄嗟に浮揚の魔法をかけなかったら、何もかもが崩落したであろう。自分もベッドごと転落していたはずである。もっとも、威圧されたのか、アリエルが硬直するのが分かる。このため、アリエルの魔法を引き取って、一分以上かけて、ゆっくりと着地させた。多分、この落下速度だと、一階にいた者も脱出できたはずだ。もっとも、後で考えると、精霊王の加護があるので、誰も怪我をしなかっただろうが、それは結果論である。

 「ファーヴニルさんの飲まれたブランデーは、自分の世界の酒ですが、作り方を知った魔王陛下が造られたものです」

 「本当か、それは」

 「ここで嘘を言う必要はないと思いますが」

 「そうか、で、ヨアヒムはどこに」 

 「トイフェルシアです」

 それを聞いた途端に飛び出そうとするファーヴニルに声をかける。

 「屋敷を壊したまま立ち去るのですか」

 「何だと」

 「あなたは礼儀というものを知らないのですか。自分は、あなたの体を触らせていただいたお礼に酒を出しました。したがって、それはそれで完結はしていますが、だからといって他人の屋敷を破壊したまま出て行ってよろしいのでしょうか」

 「うっ」と、ファーヴニルが詰まった声を出し、少し体が小さくなる。

 「アリエルが浮揚の魔法をかけなければ、この家の人の多くが死んでいたでしょうし、私も死んでいたと思います。それでよろしいのでしょうか」

 「よくない」と、小さな声がした。

 「もちろん、あなたはドラゴンで、この世界の覇者です。そのような人間界の些事などどうでもいいでしょうし、自分のようにこの世界に来たばかりの者の言うことを聞く必要もないでしょう」

 ふと、目をやるとドラゴンが随分と小さくなっている。

 「しかし、自分はあなたと親しくなりたいのです」

 「親しくなりたい?」

 「はい、迷惑でなければ友達になりたいのです」

 「俺と友達になりたいだと」

 ファーヴニルが首をあげてこちらを見ながら叫んだ。

 赤い眼に生気が戻っている。まずい、言い過ぎた、食われる、と思った。お前などが、この俺様と友達になりたいなどとは片腹痛いということだろう。

 「この俺と友達になりたいだと」と、ドラゴンがもう一度言う。

 「いや、私などが友達などというのは烏滸(おこ)がましいですよね」

 「なってやってもよい」

 「はい?」

 そういう流れではなかったのかと思って、つい、疑問形になる。

 「いや、この俺様と友達になりたいというのだ。その願いを叶えてやってもよいぞ」

 ツンデレ…体質なのか。

 「ありがとうございます。このレオンハルト・フォン・ファーレンドルフ、一生の幸せでございます」

 「そうか、では、友達になってやろう」

 「ありがたき幸せ」

 「では、友達になったということで、この屋敷だな」と、ファーヴニルが嬉しそうに周辺を見回す。

 「直していただけるのですか」

 「新しく建てたほうがよさそうだな」

 「しかし、場所がありません」

 グレンツァッハの村は、以前にも述べたように、山脈から張り出した小さな台地の上にある。この辺りに多く見られる階段状の絶壁の一つである。このため、屋敷もほとんど余地がなく、屋敷以外には、小さな教会と、わずかばかりの領民の家が土地にへばりついているだけである。耕作地もほとんどない。

 したがって、ここからは、急峻な斜面か空しか見えない。一応、台地の下には森が広がっているが、あそこは魔物が棲む場所である。とても、一般人が住めるような場所ではない。

 「ここがいい」と、ファーヴニルが指を指す。

 しかし、そこには絶壁にも見える山の斜面があるばかりである。

 「地面はないようですが」

 「まぁ、見てろ」と、ファーヴニルが言うと、ドラゴンは口からブレスを細く吐き出した。

 青白い光線のようになった収束されたブレスが山肌に孔を空ける。それを水平方向に百メートルほど動かした後に、始点と終点から垂直にブレスが上がっていく。そして、ファーヴニルは飛び上がると、山肌の上からブレスを注ぎ、切り取られた巨大な山塊を持ち上げ、黒い森からせり上がっている絶壁から捨て去る。

 重々しい音が森に轟き、おそらくはその下敷きになった木々の潰れる音や、魔物の悲鳴を掻き消した。そして、森に棲む生き物たちが逃げ惑う声が聞こえ、大量の鳥が南の方へ飛んでいくのが見えた。塵芥が収まった後には、山塊が断崖と十メートルほどの間隙を残して、二十メートルほど上に(そび)えていた。

 

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