24 領主
犬の好きな人はごめんなさいです。できるだけ抑えたつもりですが、虐待と取られるかもしれない記述があります。
地響きがしたかと思ったら、ハルトムートの後ろで兵隊が吹っ飛ぶのが見えた。次の瞬間、ハルトムートの脇をかすめて魔猪が突進してきた。ゴブリンの血の匂いに釣られたのだろうが、場所が悪すぎる。このままでは、逃げ場所もなく、みんな跳ね飛ばされると判断して、俺は魔猪に正対した。そして、突進してきた魔猪の牙を掴むと、倒立から右側転して、胴体の横に逃げた。
魔猪は、突進中に首を曲げられたので、左にコースを逸れて大木に激突した。魔猪は、脳震盪を起こしたのか、ふらついており、その上に、大木の枯れ枝や落ち葉が降り注いでいる。
その隙に、全員が無事に飛び出してくる。
ヘンリックが、兵隊を捕まえて、領主の居場所を問い、指差された方角へ走り出した。他のみんなも、それに従う。俺は、魔猪にまたがると、横っ腹を思いきり蹴飛ばした。魔猪は、一声、悲鳴を上げると、そのまま走り出したので、鬣を持って誘導する。
後ろを見ると、我に返ったハルトムートが犬どもに命令を下している。
じきに森を出た俺達は、高台にいた領主を見つけて、そちらに向かい、頃合いを見て適当な木に飛び移る。ヘンリック達も、誘導は終わったとみて、散開していく。そして、魔猪は、領主の命令で発射された矢衾の中に飛び込んでいった。
猟犬どもが傷ついた魔猪にとびかかる。突然、魔猪が棒立ちになり、領主の放った矢が喉首を捉え、そのまま倒れる。
ようやく追いついてきたハルトムートが、猟犬どもに戻るように指示する。兵士達が、死骸の回収に向かう。
気がつくと、馬に乗った領主がこちらに向かって下りてくるのが見えた。
ハンスが跪き、他のみんなもそれに倣う。俺もそれに従う。
「大儀であった」と、領主が言い、それから、俺のほうを見た。
「名は何という」
「ヘイルです」
「見事な騎乗であった」
「ありがとうございます」
「うむ、褒美を取らす」
「御館様、お待ちください」
「何だ、ハルトムート」
息せき切って走ってきて跪いた猟犬係が、「こ奴らは密猟者です」と、苦しい息のまま告発した。
領主は、ハルトムートの息が整うのを待って、「あの森の中でか」と聞いた。
「はい、手前どもが見つけなかったら、今も密漁していたでしょう」
「そうか、何を獲っていた」
「森の生き物たちをでございます」
「嘘だ」と、耐えきれずにシーモンが呟き、兵士が剣の柄に手をやる。
その時、「恐れながら」と、ヘンリックが両手を持ち上げた。
領主が、その手の中にあるものに眼を留め、「何だ、直接、答えよ」と下問した。
ハンスが進み出て、「領主様、ゴブリンの魔石でございます」と言った。
「ゴブリン、何をたわけたことをことを」と、ハルトムートが言い、「盗んできたものでございましょう」と続けた。
「こちらへ」とヘンリックを呼び寄せた領主は、馬の上に届くように差し上げた手の中から魔石を取り上げ、臭いを嗅いだ。
「それにしては、濡れているし、血の匂いもする」
「汗に濡れたからでございましょう」
「そうか」と領主が言うと、ハルトムートを呼び寄せ、現場へ先導するように命じた。
何かを察して、ハルトムートが俺達に「帰れ」と命じたが、領主が「連れていく」と言ったので、諦めて先頭に向かった。
白い犬の群れが位置につくと、こちらを見ているハルトムートに、領主が顎をしゃくり、列が動き出す。そして、領主は俺達を呼び寄せた。
「実際はどうだ」
ハンスが、要領よく、事実だけを伝える。
「魔石を、全部、放り投げたのではないのか」
ハンスが、ヘンリックを見る。
「肉片でくっ付いておりまして」
領主は頷くと、何匹やっつけたのかと聞いた。
ハンスがエッボを見る。
「五十三匹で…ございます」
「それは多すぎるのでは」
「実演してみましょうか」と、戻ってきた現場を見やりながらハンスが答える。
「ハルトムート」と、領主が猟犬係を呼ぶ。
「犬はゴブリン役だ」
「きゃつらを食い殺してしまうかもしれませんが」
「そうか、十頭でいい」
「仰せの通りに」と、ハルトムートが答えると、特に獰猛なのを選びに立ち去った。
領主は、岩の前に並んでいる俺達を見て、「武器はどうした」と言った。
「領主様の犬を殺してはいけないと思いまして」と、ハンスが真面目くさった声で答える。
「殊勝な心掛けだな」と、領主は感想を述べると、振り返ってハルトムートに頷いた。
ハルトムートが犬を放す。十頭どころではない。三十頭はいる。どうやら、数を数えられないらしいが、ハルトムートは、小賢しいことに、エッボのいる左翼に攻撃を集中してきた。エッボが、一番、小さいからだろう。
ハンスが、咄嗟にフォーメーションを変え、俺がエッボの前に飛び出し、先頭の犬を受け止めて振り回す。それにぶつかって犬がなぎ倒され、それでできた空白部に上下に別れた猟犬が雪崩れ込む。ヨハンの指示で、後方のエッボに下側の犬を任せ、俺は空中に跳んだ何匹かの犬を払いのける。
その間に、ヘンリックが中央の俺の位置につき、シーモンが右手を塞ぎ、回りこもうとする猟犬を防ぐ。
「そこまで!」と、領主の声がする。
それでも噛みついてくる犬の群れを払いのけながら、仁王立ちでハルトムートを睨みつけると、ようやく、奴も犬を戻した。




