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22 ヘイル

 結局、緑のは弾き飛ばされ、白い光が世界を覆った。そして、白い光が消え去って闇が戻ってきた時、たった一人で漂っていることに気づいた。

 それから、随分経ってから、また、いろいろなボールが見え、その中の薄黄のに吸い込まれた。そして、俺は産まれ、そして、死んだというわけだ。

 変な点が幾つかある。

 死ぬ前のことを覚えていること。

 これは変だ。今まで、そんなことがなかったからだ。しかも、夢だったのかと思えるほど、ぼんやりした記憶でもないし、夢ならあるはずの突然の場所の転換がない。だいたい、何十日も続く夢などあり得ない。その上、その記憶を持ったまま、もう一度死に、生き返るなどということがあり得るとは思えない。

 年齢が小さかったせいか、記憶が飛び飛びになっている部分はある。しかし、それが逆にリアリティーを生んでいる。しかし、最後に掴んだ枝の感触、枝の折れる音、その前に掴んだ枝のこと。死ぬ直前の記憶は実に明確である。そういう記憶を、死んでも持っていられるものなのだろうか。

 死んでからのことを覚えていること。

 これも変だ。死んでから、生まれ変わるまでに、こんなに時間があるなんて知らなかった。普通、死んだら終わりだろう。それが、あんなふうに闇の中を何十日もさまようなんて思わなかった。

 むしろ、二度目に、枝から落ちて死んだ時、瞬間的に意識が切り取られたほうが分かる。多分、枝から落ちた時に、岩か何かに頭をぶつけて死んだのだろうが、そちらのほうが普通のように思う。それを、死と呼ぶか、気絶と呼ぶかは分からないけど。そして、何かで強制的に目覚めさせられた。

 「ファオ、これは無理ね」と、姉ちゃんは言った。

 医者か、神か知らんが、その姉ちゃんに、俺は強制的に起こされたのだろう。しかし、ファオって何だ。姉ちゃんの口調は呼びかけみたいだったから、近くにいた人の名前だろう。

 青く光る羽虫が飛んできて、顔の周りを飛び回る。鬱陶しい。

 「でも、ゼーレは無事だから、こっちに入れちゃお」と言っていたのだから、魂は無事、でも、肉体は駄目だったのだろう。おそらく、原形をとどめないぐらい、潰れていたのだろう。うん、想像したくない。

 この世界が、前の世界と違うこと。

 猫獣人って何だ。そんなもの、前の世界にはいなかったし、人間の真似などする猫などもいなかった。それに、世界全体が何か変だ。だいたい、ヘイルって何だ。ベルとか、ラテとか、西洋風の名前がついているのもいたが、ヘイルはない。ヘイルでも、ヘールでもいいが、普通は、西洋人の名前だろうと思う。猫獣人も人なのだろうが、猫の名前ではない。

 ヘイルとしての記憶がないこと。

 これはいい。

 おそらく、俺はヘイルじゃなかったのだろう。枝が折れて落ちた時、俺は普通に死んだのだろう。ところが、あの姉ちゃんが生き返らせた。多分、ヘイルという奴の肉体に、俺の魂を送り込むという方法でだ。このため、本来のヘイルという奴の魂は行き場所を失って、今頃、闇の中を漂っているのだろう。

 つまり、俺は特別扱いだというわけだ。

 しかし、この俺を特別扱いする理由などない。どこの誰が、泥棒猫が死んだからと言って、生き返らせるだろうか。しかも、それが、へまをして、もう一度死んだからといって、さらに生き返らせるなどという特別扱いするだろうか。これが、神様の大事にしている愛猫だというのなら分かるが、俺はそんなものではない。むしろ、平凡以下の普通の猫だった。だから、何かに巻き込まれたとしか考えようがない。

 何か。多分、あの白い光だ。俺を殺し、死んだ後も、緑のを吹き飛ばした白い光だ。それ以外に特別なことは思いつかない。ただし、だからと言って、それがなぜかということは分からない。

 よし、大分、整理できた。

 俺はヘイルだ。ここに住んでいる猫獣人だ。

 よし、これでいこう。

 立ち上がる。心配そうに、俺を見ている茶白と目が合う。

 「そこの木陰にでも横になったら」と言ってくれた女だ。

 「ありがとう。世話になった」

 「大丈夫なの」と、心配そうに声をかけてくれる。

 「半分な」

 「半分?」

 「体は問題ない」

 「そう、よかった」

 「でも、記憶がない」

 女が息を飲む。

 「俺はヘイルで、ここに住んでいる猫獣人だ」

 女が頷く。

 「それだけしか分からない」

 もう一度、女が息を飲む。

 「君は何という名前で、どういう人だ」

 「クリステ。ヘイルの幼馴染みよ」

 「そして、恋人というわけではないよな」

 「なっても、いいわよ」

 「じゃ、そうしよう」

 「随分と簡単に言うのね」

 「優しいし、綺麗だからね」

 「ありがとう」

 俺は恋人を手に入れ、いろいろ聞いた。どうやら、ヘイルは、この辺りでは体が大きな、頼りになる猫獣人で、結構、もてていたようだが、ずっと一人でいたそうだ。そして、二日前に姿を消して、皆がどうしたのだろうと言っていたそうである。

 町の入口で最初に声をかけてきた白いのはシーモン、薄汚れた錆色のがエッボ、俺の方を掴んで「無視かよ」と言った虎毛がヘンリック、最後に、「頭でも打ったかな」と言った三毛がヨハンだそうだが、オスの三毛猫って珍しい*のでは。

 「じゃ、あの女は」と俺が言うと、そんなのいたっけという顔をした。

 わざとか、本当に知らないのかは分からなかった。

 

*オスの三毛猫の産まれる確率は三万匹の猫の中の一匹だとか、三毛猫三千匹の中の一匹だとか書かれているが、確実なところは分かっていないようである。

 

 ミドルブルク篇の第22話です。

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