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19 猫町の戦い(ニック・サイド)

 しかし、ミドルブルクの町に着いても、いいことはなかった。物を投げられたり、突然、殴られそうになったりすることがあったからである。もちろん、その度に逃げ出して難を逃れていた。そして、一切、怪我をしなかったのは、加護のせいだろうと思うが、そのために、徐々に知られる存在になっていった。

 それが決定的になったのは、ある日、猫の獣人の住んでいた町を犬の群れが襲ったからである。実は、ボスの女に手を出して、ミドルブルクの暗黒街の怒りをかった者がいたらしい。どうやら、金も持ち逃げしたらしいが、その者がこちらに逃げ込んだという情報を得た幹部のゲルハルトは、住んでいる獣人達に情報を提供するように求めた。しかし、誰も知らなかったので、正直にそう伝えたのが(あだ)になった。ゲルハルトが切れたのである。絶対に匿っていると言って、犬を獣人街に放ったのである。

 犬といっても、飯屋の床をうろついて、客が食べ残した骨や、床に捨てられた食べ残しを狙う連中ではない。鹿や猪を狩るのに使うアーラントと呼ばれる大型犬である。マスティフやピッド・ブルの祖先でもあるこの犬種は、逞しい筋肉と、獰猛な性格で知られている。

 もちろん、狩猟は皇帝と貴族の特権であるので、これらの犬は領主の持ち犬である。ただ、屋敷で飼うには大きすぎたので、町外れで育てられていた。そして、その犬の世話係だったハルトムートは、領主の名を借りた横暴と、犬の残虐性で知られていた。このため、ゲルハルトは、人々を脅す必要が生じると、よくこの男を利用していたのである。

 猫獣人は、ミドルブルクの城壁の外、南東の森に近い所に住んでいた。獣人の市民権は認められておらず、城壁内に住むことが許されていなかったからである。もっとも、ニックにしてみれば、あんな()えた臭いのする街中に住んでみたいとは思わなかった。

 だいたい、前の世界に住んでいたのも、もう少しで自然に帰ろうとする団地のはずれだったので、都市には馴染みがなかった。だから、ミドルブルクへは来たものの、市街には一度行ったきりだった。むしろ、猫獣人が多くいる、猫町と呼ばれるこの地域のほうが、ヘイルを捜すのには向いていると思ったからである。もっとも、新参者であり、その毛皮の色がもたらす影響を考えて、少し猫町から離れた、森に近い場所に住んだ。

 というのは、ヘイルを捜すのは、ポルの仕事だとアリエルが断定したからである。ミドルブルクに来た以上、これ以上はポルにやってもらおうと思ったのである。それに、森に近いほうが食料調達に便利だからという側面もあった。

 そして、ハルトムートもその近く、南門の傍に住んでいた。夜明けとともに狩猟に出かけることが多かったので、その準備のために、一々、夜中に門を開けさせるのは面倒だったからである。

 したがって、夜陰に紛れて、ハルトムートが数十匹の犬を放した際、最初に気づいたのがニックだったのは当然のことであった。もっとも、ニックにとって、猟犬どもはなじみ深い生き物であった。森で狩りをしていると、時々、出遭ったからである。もちろん、それが密漁であることなどニックは知らなかったが、出くわすと、大抵、襲われた。しかし、猟犬どもは、うるさいばかりで何の脅威にもならなかった。連中は木に登れないからである。

 しかも、ニックは、ただならぬ雰囲気を察知して起きており、寝床にしていた木の上から、ハルトムートがこちらに手を向けて犬達に指示しているところから見ていた。

 このため、これが猫獣人の街を狙ったものであると察知したニックは、今までとは違う行動に出た。寝ている木の上から、丁度、通りかかった先頭の猟犬の首筋に飛び移ると、思いっきり顔面を爪で引っ搔いたのである。

 引っ掻かれた猟犬は、悲鳴を上げてひっくり返り、剝き出しになった無防備な腹を、避けきれなかった他の猟犬に踏まれてさらに悲鳴を上げた。ニックは、それを一瞥もせずに左手で次の猟犬の顔面を襲うとともに、右手で隣の犬の首を掴んで背中に乗ると、頸動脈を両脚で締め上げた。驚いて、後ろ足で棒立ちになった犬をロデオのように乗りこなしつつ、近づいてくる猟犬を順番に引っ掻いた。そして、頃合いを見計らって逃げ出した。

 先導犬を失った猟犬の集団は、誘い出される形で森の中に入り、時々、木の陰から顔を出すニックに歯を向けながら窪地に雪崩れ込んだ。そこは、半分、魔物化した熊のいる所で、通常、誰も近づかない場所であった。

 ニックは、巨大な熊の背中に飛び乗ると、首筋に噛みついてすぐに姿を消した。寝ているところを、たたき起こされた熊が見たのはこちらに走ってくる猟犬の一団であった。

 大騒ぎを聞きながら、寝床にしていた木のほうに戻ってきたニックが見たのは、追いかけてこなかった猟犬の群れと戦う猫獣人達の姿だった。中心になっているのは、灰色の巨大な猫獣人で、一匹も通すまいという風情で攻撃を一身に集めている。それを側面から他の者が、棒やら、爪やらで攻撃している。

 ふと、一匹の猟犬が防衛線を突破したのが見えた。それに気にとられた一人が体当たりを受けてよろめき、そこからさらに二匹が突破した。ニックは加速して追いつき、飛び越すと、振り向くと同時に最初の一匹の顔面を引っ掻き、次の二匹をそれぞれの脚で蹴飛ばした。そして、動きの止まった猟犬の顔面を一匹ずつ引っ掻いた。それで戦意を失ったのか、三匹とも悲鳴を上げると、尻尾を脚の間に巻き込んで去っていった。

 しばらくすると、猟犬の一団を撃退したらしく、猫獣人達がニックのほうへやってきた。

 「俺はヘイルだ」と、灰色の猫獣人が握手を求めてきた。

 「ニックだ」と、握手を返してから、「別の世界にいなかったか」と聞いてみた。

 

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