18 ヘイルとニック
「お主はヘイルだな」
「そうです、旦那」と言うのを、「こちらはいつからおられる」と聞く。
「こちらって、この小さいのですか」
「そうだ」
「そんなの、いつからって分かんないです」
「昔からおられるのか」
「そういや、そうっすね」
「生まれた時からか」
「分かんないけど、そうかもしれないです。しかし、これって精霊様なんですか」
「そうだ」
「いや、追っ払っても、追っ払ってもいるし、叩いても死なないから、不思議に思ってたんですが、そんな凄いものだとは知りませんでした」
「お主、病気になったり、怪我したことは」
「小さい時は覚えてないですが、みんなが食中毒になっても、一人だけ平気でしたし、物凄い高さから落ちても生き返りました」
「生き返った」と、父上はヘイルの言葉を繰り返すと、首の向きを変えて、もう一人の方を見る。
「そちらはニックだったな」
「そうですよ」
「どこにおられる」
「多分、どっかの毛の中に隠れてますね」
「生まれつきか」
「そうではないです」
「病気とか、怪我は」
「昔はしたけれど、精霊が来てから何もないです」
「精霊様だ」と、マスターが注意する。
「大丈夫よ、アリエルと友達だから」
「ア、アリエルって、大精霊様と呼べ」
「そうなの、だけど、レオンだっけ、今の名前は」
「そうだ」
「彼も、家族の前では敬称をつけているけど、普段は違うらしいよ」
「ちゃんと、さん付けしています」というレオンの声が頭の中に伝わるのと、「レオンって誰だ」というマスターの声が一緒に聞こえた。
「じゃ、これからそうする」と念話で話しながら、ニックはヘイルの肩にとまっている自分を指さした。
「その小鳥がレオン…」とマスターは呟くと、気の毒そうに私達を見た。
ニックはニュクスだった。
「ニュクス」と呼びかけると、もの凄い喜びの感情が戻ってきた。
何でも、吹き飛ばされた後、随分と長い間、他の仔達と一緒に母親のお腹の中にいたそうだ。猫は、多数の卵子を排出できるため、父親の違う子供を産むことができる。このため、ニュクスのような黒毛は他におらず、三人いる他の兄弟は、黒毛でなく、虎毛だったが、皆で仲良くしていたそうだ。
しかし、生まれ落ちると、その黒毛は目立った。他にそんな色の猫獣人がいなかったのである。あまつさえ、あれは悪魔の色だということになり、罵られる原因となった。そのため、乳離れをする頃には、ブライテンの家を出奔した。母親が、悪魔の親と罵られるのが嫌だったからである。
道へ出ると、馬車がいたので、荷台に忍び込んだ。母親が捜すだろうとは思ったが、これ以上、母親が苦しむ姿を見ているのが耐えきれなかったのである。
馬車は、村を出てから、森の中の切り開かれた広場のような場所で休憩した。他にも何台かの馬車が駐まっていた。昼食休憩だったらしく、いい匂いが漂ってきて、思わず、お腹が鳴る。何も考えずに、荷台から顔を出した。
「誰だ、お前は」と言われて、あわてて跳びだした。
街道は追いかけられると思ったので、森の中に入った。夢中になって走って、ふと、気づくと、巨大な獣が目の前にいた。捕まりそうにそうになって、あわてて避ける。相手は、目の前にいた相手が急に進路を変えたのに驚いたのか、どうでもよかったのか分からないが、追いかけては来なかった。
しばらくは森で暮らした。最初は川の水と、捕らえた小動物で暮らしていたが、ある朝、起きられなくなった。多分、このまま、死ぬんだろうなと思っていたら、目の前が光った。
驚いて目を開けると、白い服を着た西洋人の娘がいた。
「私はアリエルよ。初めまして」
「ああ、初めまして」
その瞬間、自分の体の不調が治っているのが分かった。同時に、盛大にお腹が鳴った。
「よかったら、食べる」と、アリエルが目の前に食事を出してくれた。
どうやって出したのかは分からなかった。
「えっ、いいの」
「あなたの飼い主に頼まれているから」
「飼い主って、重行さん」
「そういう名前だったね、私はレオンって呼んでいるけど」
「レオン…。その人はどこにいるの」
「グレンツァッハという村にいるけど、生まれたばかりだから動けないの」
安心した。重行さんがこっちの世界にいるのなら、私は、独りぼっちじゃない。あの人なら、私の黒い毛を見て、邪険にしたりはしない。むしろ、綺麗だねと言って、私を優しく撫でてくれるだろう。
私は安心して、アリエルの出してくれた食事を貰った。前世とは味覚が違っているようで、人間の食べるものでも、おいしく食べられた。もっとも、熱いものは無理だったが。
微笑みながら食事を見守っていたアリエルは、ミドルブルクにヘイルという猫獣人がいて、この者も、私達と一緒に転生してきたのだと言った。何となく、昔馴染みの猫かもしれないと思った。
そして、ミドルブルクでヘイルと待っていれば、そのうちにレオンが連絡を取るはずだと言った。
「しかし、ミドルブルクへどう行ったらいいか分かりませんし、そのヘイルとやらをどうやって探したらいいのかも分かりません」
「それはポルの仕事だ」
「ポルって」
「この子だ」と言って、アリエルは指先を出した。
幽かに光るものがとまっている。
「何ですか」
「精霊だ。ポルについていけば、ミドルブルクに着くし、ヘイルにも会える」




