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15 アリエル登場

 「大精霊様!」

 父上の声に、子爵が椅子の上で固まる。父上は慣れたもので、すぐに床に(ひざまず)く。自分も、その横に並ぶが、小鳥なので跪くのは難しい。

 「レオンはそのままでいいわ」

 「ありがたき幸せ」と言って、両脚立ちになる。

 鳥の脚だと思われている部分の大半は足である。膝のように見える部分は、人間の膝とは逆方向に曲がっていることからも分かるように、(かかと)である。そして、膝はその上、胴体と接している部分にある。したがって、跪くには、胴体ごと接地しなくてはいけない。

 その間に、我に返った子爵が、(まろ)ぶように跪く。

 「フランツ・フォン・ベルンシュタイン」

 子爵がさらに頭を下げる。

 ほとんど平伏である。

 「(おもて)をあげよ」

 子爵の頭が元の位置に戻る。

 「もっと、あげよ」

 もう少し、子爵の頭が上がる。あの角度なら、アリエルの足しか見えないだろうなと思う。

 「()が名はアリエル」

 子爵の頭が黙って下がる。

 「精霊王陛下の御心により、勇者レオンハルトとともに遣わされた」

 子爵が平伏する。

 しかし、煎じ詰めればそうなるかもしれないが、アリエルの言っていることは、微妙に自分と認識が異なる。

 「勇者の赴くところ、常に吾がいる」

 えっ、そうなの。トイレに行けないじゃん。もっとも、赤ん坊だからいいし、切り取られた家のほうへはアリエルは行けない。

 「汝が、レオンハルトを庇護下に置くというのなら、この者の願いをかなえよ。また、同時に転生した者の捜索を行うように。その者には、吾が配下の精霊がついておる」

 子爵は微動だにしない。もっとも、これ以上、頭を下げることは物理的にできない。

 「精霊王陛下よりのお言葉を伝える」

 父上も平伏する。

 「魂ある者達が互いに手を取り合って平和な社会を築けという我が言葉を真摯に受け止め、その実現に向かおうとする、其の思いは我が喜びである。よって、これを与える」

 子爵は動けない。

 「フランツ・フォン・ベルンシュタイン、こちらへ」

 子爵がゆっくりと立ち上がり、無言でアリエルの傍に跪く。

 「手を」

 子爵が差し出した両手にアリエルが指輪を二つ入れる。

 「()の妻にも与えよ」

 子爵は、頭の上に上げた両手をさらに上げると、そのままの姿勢で後ろに下がった。

 「ところで、レオンは戻らなくていいのか」

 突然、口調が変わる。多分、自分だけに念話を送っているのであろう。

 「はい、家のほうには遅くなるだろうと伝えてあります」と、アリエルだけに念話を送る。

 「こちらへ」と、アリエルが窓を指さす。

 そちらに飛び立って、窓台に止まる。

 「窓を開けて下さい」と父上に言うと、「レオンは、こちらが見えるか」と言った。

 アリエルの指先には緑色に光る精霊がいた。

 「この子はファイだ」

 「はい」

 「仮の魂を持っている」

 ファイが、嬉しそうに旋回する。ファイが黒い球形のものを持っているのが分かる。もちろん、これは、鳥の目の分解能だから分かることで、人間の目だと、精霊の姿すら分からないであろうが、この球形のものが、仮の魂であろう。しかし、小さい。

 「小さいが、目と耳はついているので、こちらに移ってほしい」

 なるほど、球形のものは目玉そのものである。昔の漫画に出てきた目玉親父のようだが、眼球だけであり、耳は見えない。いわゆる、一つ目、モノアイである。

 小鳥を開いた窓のほうへ向けて、モノアイに意識を移す。単眼なので距離感は取りにくいが、視界は広い。空中にいるので、下のほうにアリエルらしい青い光と父上の頭が見える。そうすると、あちらに丸く見えているのが子爵ということになる。

 「フランツ、精霊のファイを置いていく」とアリエルの声が聞こえる。

 モノアイのどこかに、孔が開いていて、その先に鼓膜でもあるのだろう。そして、その声に驚いたらしく、小鳥は辺りを見回していたが、開いている窓から暗くなってきた空へ飛んで行った。

 「楽にして、直接、答えてもらっていいぞ」

 「ありがたき幸せ」と、ようやく子爵が言葉を発した。

 「レオンは、ファイの意識をもとに来ればよい。そして、子爵と念話をすればよい」

 「御高配、感謝申し上げます」

 アリエルが、その口調は何だという顔になったが、そのことは聞かずに、「レオンはまだいるのか」と聞いてきた。

 「まだ、大丈夫です」

 「そうか、私は帰る」と言うと、姿が消えた。

 しかし、吾が、私に変わっているが、吾とか、其とか、こそあど体系の古い日本語である。しかし、ここで使われているのが、ドイツ語なのか、妖精語なのか、念話なので分からないが、原語は何と言っているのだろう。もし、ドイツ語なら、一人称はIch(イッヒ)しかないと思うが。

 「お帰りになられたようですね」と、父上が言う。

 「そ、そうか」と、子爵は答えてから、「凄い体験をさせてもらった」と呟くように言った。

 「大精霊アリエル様は、我が家を飛び回っておられ、使用人にまで親しく声をかけてくださいます」

 「凄まじいな」

 「はい、ですので、最近は慣れてきました」

 「しかし、何もしないのに指輪を賜った」

 「同時に転生した者の捜索を行うように。その者には、吾が配下の精霊がついておる」と、父上がアリエルの言葉を繰り返す。

 しかし、二人とも、そんな長い文章を覚えられるものだと感心する。

 「とのことです」

 「他にも転生者はいるのか」

 「レオンの双子の姉は、実際はその娘です」

 やはり、ブリュンヒルデは姉なのか。確かに、向こうのほうが早く生まれている。

 「あと、オルクのフェルナンもそうです」

 「ふむ、彼も転生者か。してみると、転生者は異能の持ち主になるのか」

 「そういう小説もありますが」と言いかけて、やめた。

 「ブリュンヒルデは分かりませんが、レオンハルトは見ての通りです」

 「えっ、自分ですか。自分は、魔法を授けられただけで、何の力もありません」

 「そうか、そういうことにしておくが、他にも転生者はいるのか」

 何だか、軽く流されたような気がする。

 「はい、この町にも二人います」

 「この指輪もいただいたことだし、尽力するしかないわな」

 「その指輪も、状態異常を防ぐものではないかと思われます」

 「つまり、酒を飲むときは外すべきということか」


 忙しい時ほど、逃避に走る。

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