7 アリエル2
その様子を見ていた王が、アリエルを指さしながら、「魔力がないのだったら、こいつでも連れていくか」と言う。
「えっ、私…」と、アリエルが固まる。
そうか、精霊魔法というものがあった。アリエルは空気の精だから風魔法だな。ウインド・カッターとかいいなあと思う。何なら、魔力タンクでもいい。
「ダメよ!私はダメ!忙しいの!」
期待を込めた眼差しを無視して、アリエルが慌てて、声を出す。
「そうか、適当に交通整理をして、飽きたら遊んでいる気ままな身分なのに」
「そんなことは…ないです」と否定するが、顔が見る間に赤くなっていく。
分かりやすい性格であるが、そんな気楽な仕事だったのか。
「それに、勇者に精霊がつくのはよくあることであろう」
うん、ある。はっきりとは覚えていないが、そういう小説があったはずだ。いや、絶対にあるはずだ。
「でも、ヨアヒムと一緒は嫌」
こちらはきっぱりと言い切った。しかし、「でも」ということは、勇者に精霊がつくのは、この世界でもありえることだと認めたということである。
「なぜだ」と、愉快気に王が聞く。
「そんなの決まっているじゃないですか。ヨアヒムが嫌いだからです」
あまり論理的でない理由をアリエルが口にするが、王は愉快そうな顔を崩さない。
「それに、この子の勇者を横取りするなんて」
魔法が使えるのだったら勇者でなくてもよいぞ。魔法が使えるのなら、勇者なんて…どうでもよくはないか。
「共有だが」
そうだ、この王と一緒だった。
「ヨアヒムが割り込んだのでしょ」
王は淡々と話しているが、アリエルのヴォルテージは上がっていく一方である。
「受肉するのならドラゴン・スレイヤーのほうが便利だろ」
えっ、ドラゴンを退治するのですか。自分としては、ドラゴンと親しくなるほうがいいな。
「受肉って、不敬じゃない」と、アリエルが指摘する。
「ドラゴンにも、神の子にも恨みがあるからのう」
神の子って、キリストか。クリスチャンではないが、それはまずいような気がする。
「いや、こちらの世界の神の子だ」
さいですか。
「だいたいですね」と、こっちの会話を無視して、アリエルがさっきと同じように指を突き付ける。
なかなか決まっているが、残念ながら腰が引けている。王が少し眼をやると、そのままの態勢で後ずさりそうだ。
「ヨアヒムが勇者って、何の冗談ですの」
「いや、一興であろうが。しかも、この者と一緒にだ」
この王と一緒なら楽できるかなと思う。
「いや、余は見てるだけだ」
相変わらず思考がダダ漏れだなと思いながら、「それだけの魔法を使わずにおくのですか」と聞いてみる。
「余にスライムやゴブリンと戦えというのか」
確かに、スライムやゴブリンと戦う王というのは考えにくい。
しかし、ゴブリンはともかく、スライムは二十世紀になって登場した存在のはずである。それも、第二次大戦後で、一般に知れ渡るのは日本製のゲームの中でである。王の中世初期としか思えない服装とは、千年の開きがある。
「お前の知っているスライムはどんな姿だ」と、王が聞く。
自分の疑念を読み取ったからだと思うが、説明する前に、「そこまで間抜けなものではないが、形は似ているの」と言った。自分の脳裏に浮かんだ子供の頃に遊んだゲームのスライムの姿を読み取ったらしい。
「オークやオーガもいるのでしょうか」
「オーガはいる」
実は、オークも、オーガも、ローマ神話の死の神オルクスに由来すると言われる。そして、オーガは十七世紀末にフランスのペローが書いた「長靴をはいた猫」という物語に登場して有名になったものだが、オークのほうは二十世紀になってイギリスのトールキンが「指輪物語」に登場させたのが最初である。
「お前の言うオークは、こちらのオルクと似ているの」と、また、自分の頭の中を勝手にサーチしたらしい王が言う。
今、頭の中にあったのは、昔観た「指輪物語」という映画に登場するオークだ。
「オルク!それは、オーガとどう違うのですか」
「名前も形も似ているけれど、オルクは人族、オーガは魔獣だわ」と、アリエルが教えてくれる。
「具体的にどう違うのですか」
「ゼーレの有無ね」
「オルクにはゼーレがあるから、人間と同じように転生するわけだ」と、王が補足する。
つまり、オルクという、オークに似たものがいるということだ。だとすると、スライム以外にも二十世紀になって登場したものがいることになる。中世の服を着た者と、二十世紀のものが同時に存在するというのは、一体、どういう世界なのだろうと思う。もっとも、勇者ということは、スライムはともかくとして、オーガやオルクなどというものと戦う必要があるということなのであろう。
「そのようなものと自分は戦えるのでしょうか」と、急に不安になって聞いてみる。
「勇者とはいえ、自分は、剣も握ったこともありませんし、かの地では魔法も使えないのでしょう」
魔法はともかく、剣を握ったことがないというところで、アリエルが目を丸くする。たしかに、剣を触ったこともない者が勇者に転生するというのは無茶な話である。しかし、自分は剣道どころか、チャンバラすらやった記憶はないのである。
「魔法ぐらい授けてやろう」
「ありがとうございます」
おお、やった。
「ならば、一緒に」
「トイフェルシアの再興のほうが先だ」
「あんな所、いらないでしょ」と、アリエルが突っ込む。
「いや、アリエルさん、それはさすがに気の毒でしょう。国王だったのですから」
「国王!ヨアヒムが国王だって!」と、アリエルが声を立てて笑う。
「国王ではないのですか」
「いや、魔王だ」
どうだとばかりに、赤ずくめの男が答える。