8 子爵夫妻との会話(その三)
「移住とは、恐ろしいことを言うの」
「駄目ですか」
「ファーレンドルフ」
「土地が狭すぎまして…」
「ホイドルフをやろう」
「はい、今、何と」
「ホイドルフなら、高地とはいえ、平地もあるし、それなりに広い。ホップの生産もできるし、ビールの工場も建てられる」
「メッツナーはどうされるのですか」
「お主の部下にする」
「怒り狂いますよ」
「だろうな。だが、すぐに感謝することになる」
「グレンツァッハにそこまでの期待をお持ちなのですか」
「シュトラウスに、俺はなぜホイドルフの領主ではなかったのだと言わせるぐらいにはな」
「では、メッツナーには村までの道を普請させ、同時に迎賓館を造らせます」
「お主は、街道までの道を、儂はホイドルフまでの道を担当しよう」
「お願いします」
「いや、そっちのほうが大変だぞ」
「今なら、何とかなりそうだと思っていますし、ホイドルフをいただけるのなら、街道はそちらにつなげようと思っています」
「グレンツァッハは断崖で森と切り離されているのだったな」
「はい、あの断崖をどうしようかと悩んでおりました」
「グレンツァッハは魔の森に打ち込まれた楔だ。防御は厳重なほうがいい」
「ホイドルフまでの森は切り拓いてよろしいでしょうか」
「もちろんだが、そう簡単にはいかないだろう」
「オルク達の協力が見込めます」
「そうであったな、何頭、いや、何人ぐらいいるのか」
「森の中の村に何十人かいるようですが、フェルナンはその頭です」
「というわけで、グステ、迎賓館の完成まで移住は待ってくれ」
「フラン、愛しているわ」
「僕もだよ、グステ」
「それで、その姫君達ですが」
「そういえば、そうであった」
「おいしすぎて、お話を伺うのを忘れるところでしたわ」
「手紙を預かってきております」
「うむ、読もう」ということなので、隠しに入れていた手紙を渡す。
子爵が読んでいる間に、アウグステ夫人が聞いてきた。
「ねえ、そのハンブルク風ステーキの、私が口にできないような部位って何なの」
「いえ、単に固くて食べられないようくず肉という意味でございます」
「ああ、そういう意味なの…。ということは、嚙み切れないような塩漬け肉でもできるの」
「実際、これは塩漬け肉でできています」
「素晴らしいわ」
「作り方は、そちらの料理人に」
「助かるわ。きっと、評判になるわ」
「もっとも、硬くて何ともならない肉を食べるために考え出されたそうですので、本来、庶民向けの料理だそうです」
「では、北方からの人には出さないようにしますわ」
「いや、あの辺りでも食べていないそうです」
「昔は食べていたが、今は食べてないということなの」
「いや、それも違いまして」
「何だか顎が弱って、辺境伯家の晩餐会が苦痛になりそうだな」と、子爵が慌てたように口をはさんだ。
「手紙はどうでしたか」
「侍女を含めた三人のグレンツァッハ在留を希望している」
「そうでございますか」
「お主としては、息子二人の結婚候補を離したくないのだろうが」
「見透かされておりますな」
「しかし、その姫たちはオルクと暮らしていたのでは」
「奥様、大丈夫です。彼等は、存外、紳士的です」
「それにしたって外聞が悪いわ」
「だからこそです」
「と言いますと」
「普通なら、我等のような者が、王国の子爵家と繋がりを持てるわけがありません」
「それは、そうですが、オルクと一緒にいた姫君達ですよ」
「私達は、あの姫君達を信用しています」
「ですが、くちさがない人達の絶好の餌食ですよ」
「たしかに、レリヒ子爵家との婚姻だと問題だと思いますが、ファーレンドルフ家とでは大丈夫です」
「どうしてですか」
「もちろん、単なる騎士であって、人目を気にするような家柄ではないことが一つ」
「とはいえ、貴族は貴族だぞ」
「何、私が初代で、父親は王国から流れてきた庶子の子孫です」
「それでもな」
「お言葉ですが、夢がかないます」
「ファーレンドルフ家の夢とは、いや、もしかすると、野望かもしれぬが、何だ」
「スンゴウはグレンツァッハの眼の前です」
「お隣ですからね」
「にもかかわらず、国境の向こう側にあるというだけで、自由に行き来ができません」
「ま、婚姻関係ができれば、随分と違ってくるわね」
「そして、国境は目に見えるものです」
「川があるからな」
「いや、それ以上です」
「と申しますと」
「国境の帝国側は深い森ですが、王国側は豊かな農地なのです」
「ああ」
「私達は、生まれ落ちてからずっと、毎日、毎日、かの地を眺めてきたのです」
「毎日」
「そうです、奥様。豊かな農地が耕され、小麦が蒔かれ、黄金色に実るのを見せつけられてきたのです」
「グレンツァッハだと、野菜も採れぬからの」
「その憧れの地との繋がりが持てるのでしたら、多少の悪評ぐらい単なる騎士には大した問題ではありません」
「しかも、二人の純潔にファーレンドルフ家は何の疑いも持っていないわけか」




