6 子爵夫妻との会話(その一)
「このスープに入っているのは、生肉なの」
「いえ、奥様、年末に塩漬けした普通の肉です」
「しかし、この味は塩漬け肉では無理でしょう」
「戻し方にコツがあります」
「よろしければ、ファーレンドルフ家の秘密を教えてもらえないでしょうか」
「塩水で戻します」
「余計に塩辛くなるではないか」
「それが閣下、そうならないのです」
「なぜだ」
「なぜだと聞かれても、理屈など分かりませんが、水の濃度の違いがどうのこうのとか」
「もしかすると、あの者が持ってきたやり方か」
「はい、そうなのですが、これは船でのやり方だそうです」
「船、あの川を行き来している」
「いえ、奥様、海を行き交う船のほうだそうです」
「海を行き交うだと」
「はい、海の向こうには別の大陸があって」
「そんな馬鹿な」
「海の向こうは断崖絶壁になっていて、滝のように流れ落ちていると聞きましたが」
「奥様、私もそう申しましたら、それでは海が干上がりますと笑われました」
「なんと、ファーレンドルフの言葉を笑って否定するとは」
「はい、私の常識は、毎日のように覆されます」
「儂なら、行ったのかと言ってやるぞ」
「行ったそうです」
「何、船でか」
「空を飛んでだそうです」
「その者の頭は大丈夫か」
「それが至って正常なのです」
「この世の話とも思えない話ですわ」
「そうなのです。世界が違いますから」
「よし、この話は終わりだ」
「了解致しました。では、パンをどうぞ」
「おい、白いぞ」
「何だか、柔らかそうですね」
「はい、柔らかいです」
「スープにも、ビールにも漬ける必要はないぐらい柔らかいですわ」
「手で簡単に千切れますから」
「お主の家では、毎日、こんな贅沢なものを食べているのか」
「はい、黒パンの硬さに馴染んでいるので、こんなのでいいのかと背徳者の気持ちになりますが、うちの女性陣は大喜びをしています」
「ええ、それは当然ですわ。女性にとって、いかに上品に食べるかが大切ですから、柔らかい料理は大いに歓迎しますわ」
「そうか。ところで、これはオーガの肉か」
「いえ、オーガのほうは熟成が間に合いませんでしたので、魔猪のステーキです」
「これも、その者が狩ってきたのか」
「はい、初めて会った時に土産だと言って持ってきてくれたのですが、小屋ほどの大きさがありました」
「小屋ほどの猪なんて、想像もつきませんわね」
「はい、最大級の牛ほどありました」
「さすがは魔の森だな」
「はい、それを一人で、あの小さい体で担いできたので、猪が襲ってきたのかと思いました」
「小屋を担ぐのは、さすがに無理だろう」
「それどころか、その者は一人でこの魔猪を窒息死させて、倒したそうです」
「腕でか」
「届かないと思ったので、脚で締め付けたそうです」
「もういい、食べるのに集中しよう」
「はい、おいしそうですね」
「実際、おいしいです」
「この時期に塩漬けでない肉を食べられるというだけでも幸運ですのに、これは、また、特別ですわね」
「奥様の舌に適うことができて幸せであります」
「本当にファーレンドルフか。皮を剝いだら、帝都の大商人が入っているのでは」
「閣下のお言葉でも、皮を剥がれるのは勘弁していただきたいのですが、最近の我が家は実に華やいでおりますので」
「そういえば、王国の姫君が来ているとお聞きしていますわ」
「それが、第二の案件です」
「問題がないのなら、この場で話してもいいぞ」
「ありがとうございます。では、失礼ながら、食事をしながら話をさせてもらいます」
「では、頼む」
「はい、では、お食事をしながらお聞きください」
「楽しみですわ」
「王国のスンゴウ子爵家のクロエ姫、コリーナ姫に、その侍女の三人を保護しております」
「うむ」
「この二人の姫君はシュヴァーベン公爵のもとに輿入れする途中、賊に襲われたそうです」
「賊は何者だ」
「分かりません。姫君達も見ておりません」
「そうか、現場は調べたか」
「魔の森を突き切る街道の中ですので」
「あそこか。グレンツァッハから向かうのは厳しいの」
「はい、今は、ミドルブルクから迂回していくしか道がありません」
「そのような所で、よく助かったものですね」
「グラウス、そのオーガや魔猪を倒したフェルナンの父親ですが、その者が見つけた時には、壊れた馬車の中でうずくまっていたそうです」
「お気の毒なことですわ」
「それから、こちらで保護しました」
「保護したって、魔の森を突き切って連れてきたのですか」
「剛の者ですから」
「グレンツァッハから街道は見えると聞いておりますが、それでもけっこうありますよね」
「はい、ございます」
「人間に出来ることではないですわ」




