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1 路上にて

これより、ミドルブルク篇の始まりです。

 翌朝、父上が領都のミドルブルクに行くことになった。この二日間で、レリヒ子爵に報告しなければならないことが増えたからである。子供達は居残りで、マティアスという実直そうな村人がついて行くことになったが、自分もついてこいとのことであったので、父上の乗る馬に憑依(ひょうい)した。

 もっとも、馬といっても、サラブレッドのような立派な馬ではない。首も馬にしては太く短く、大型の犬ですかというサイズである。北海道にいる道産子(どさんこ)という馬に似ている。

 そういえば、日本でも馬が大きくなったのは戦後である。日露戦争などでも、ロシアのコサック騎兵に比べて馬体が貧弱で、圧倒的に不利であった。秋山好古などは、騎馬戦は不利なので、下馬させて戦おうとしたほどである。

 なのに、時代劇では、日本古来の馬など、天然記念物になっていたり、数がそろわないという理由で、誰も彼もが、引退したり、レースに出なかったサラブレッドに乗っている。もっとも、戦国時代の男性の平均身長が155㎝といわれるので、比率としては、これはこれでいいのかもしれない。

 もっとも、サラブレッドも、もとはアラブ馬だったように、ヨーロッパには大きな馬は少なかった。したがって、父上の乗っている馬も、ロシナンテと呼びたくなるような赤毛の小型の馬である。マティアスは徒歩で、ほとんど台車だけの荷車を引っ張っている驢馬(ろば)の世話をしている。その荷台には、巨大なオーガの死体が一体分載せてある。凍らしたので腐りはしないであろう。

 道はよくない。荷車が通るのが精一杯という感じで、舗装などされていない。切り立った崖にようやく道をつけたという感じで、雨が降ったら、通行もできないかもしれない。もっとも、歩みは遅いが、夜明け前に出立したし、ミドルブルクまでは3マイレ強、25㎞ほどなので、昼過ぎには着くだろうということであった。

 犬や猫ほどではないが、馬の視力はよくない。0.5位である。このため、風景がかすむので、目についた小鳥に意識を移す。アトリの仲間らしい赤い体色の鳥である。日本では見たことがない鳥であるが、やはり、鳥の視力はよく、明確に見える。

 「レオンの魔法は闇魔法か」と、父上が唐突に話しかけられた。

 「どれのことでしょうか」と、小鳥を父上の肩に乗せたまま、しらを切ってみる。

 「今使っている、生き物の意識を乗っ取るものや、オーガの脚を縛った魔法だ」

 だめだ、完全にばれている。

 しかたなく、「はい、そうです」と答える。

 「誰に習った」

 少し、逡巡したが、魔王ということ以外は、正直に話すことにして、「ヨアヒム様からです」と答える。

 「ヨアヒム…、精霊王陛下の前に加護の名のあった人物だな」

 洗礼式では、ヨアヒム並びにオベロン王陛下の加護を受けたると、自分と、天音さんの名前の前に呼ばれた。オベロン王はともかくとして、ヨアヒムとは誰かというのは、参列者の多くが持った疑問であろう。しかし、式が終わるとすぐに赤ん坊二人は姿を消したので、アリエルや精霊王夫妻に訊ねない限り、答えは得られなかったはずである。もっとも、自分は、父上とともに朝早くに出立したので、人々に追求されることはなかった。そして、天音さんは、自分がこちらにいることを理由に、あちらの家にいる。

 「それが魔王の名か」

 だめだ、ばれている。

 もっとも、精霊王より前に呼ばれるほどの闇魔法の使い手で、加護を与えられるほどの強力な魔力の持ち主となると、限られる。しかし、冥王ハーデスのように、神々となると、大抵の人が名前を知っている。

 「そうです。それが魔王の名です」

 鎌をかけられているという可能性は考えないでもなかった。しかし、この世界の両親だけには嘘をつきたくなかった。

 「どこで知り合った」

 父上の口調からは、何の感情も感じ取れなかった。

 「生まれる前です」と言って、今までの経緯を話す。

 話しているうちに、峠道を抜けた。やや広くなったところで、休憩を入れることになったので、ビールと空揚げを出す。マティアスは、離れたところで黙って食べている。

 「このビールも、空揚げも、ヨアヒム陛下が作られたものです」

 倒木に腰を下ろした父上が考え込む。

 「もしかすると、儂は間違っていたのかもしれない」

 「と申しますと」

 「レオンは建国の歴史を知らないだろうな」

 中世ドイツ史など、ポイントでしか知らない。そして、帝国と呼ばれているこの国が、自分が習った神聖ローマ帝国なのかどうかも分からない。

 「はい、転生したばかりですので帝国の名すら存じません」

 「始祖コンラート様はこの地を開き、帝国を築かれた」

 どうやら、帝国は帝国らしい。もしかすると、確たる名前もないのかもしれない。

 「その折り、その偉業を支えられ、枢機卿までなった人物がヨアヒム様であった」

 「そのヨアヒム様が魔王陛下なのですか」

 しかし、キリスト教でもないのに枢機卿とは面妖な話である。もっとも、多神教というだけで、教会は一つなので、もしかすると、法王のような存在がいるのかもしれない。

 「それは分からぬし、滅多なことは申さぬ方がよい。ただ、コンラート様、ヨアヒム様のような英雄の名は、大抵の者が遠慮するものだ」

 はい、先日、拝聴しましたので存じています。

 「そういえば、陛下は元は人間だったと仰ったことがありました」

 「そうか、ならば可能性があるの」

 「もし、そうであるのなら、魔王陛下を受け入れられるのですか」

 「会ってもおらぬから、何とも言えぬが、最初から敵として見ようとは思わぬようにはしたい」

 「トイフェルシアとの接点はあるのでしょうか」

 「魔国か、そちらに接触したことはないの。それだけに、敵意ばかりが高まっていくばかりだったが、その時には、虚心で接せられたらなとは思う」

 自分も、魔王に会いたいと思うが、連絡の方法もない。

 「オルクも、討伐の対象としか思ってこなかったが、実際、付き合ってみたらいい奴らではないか。自分達だって必要だろうに、人間に大量の肉を寄越してくる。毛皮もいらないと寄越してきて、何の対価も求めない」

 「はい」 

 「しかも、大精霊様のお話だと、人間だけでなく、オルクにも魂があるというではないか」

 「あれには、驚きました」

 「魔王などというものも災厄としか思ってこなかったが、レオンの話で考え方が変わった」

 「ありがとうございます。精霊王陛下も、魔王陛下と親しくされておりますし、彼の知識には神々も一目置いておらられるようです」

 「そうか。機会があれば、会ってもよいと思うが、子爵に伝えるのは逡巡するな」

 「自分も、父上には申し訳ありませんでしたが、今まで黙っていました」

 「まあ、よい。それはそれで賢明なことだ」

 「ありがとうございます」

 「しかし、子爵の耳に入れる内容は考えた方がいいな」と、呟くように父上が言われて、馬上の人になった。


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