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35 信仰とは

 「自分の世界には様々な宗教がありますが、自分は精霊教会の信徒ではありません」

 「何だと」

 父上が、目の前で爆発が起きたかのように目を瞠って、心底、驚愕したという声で呻く。

 「そもそも、自分の世界には精霊教会がありません」

 「では、何があるというのだ」

 「いろいろとあります。唯一神を信じる人も多いですし、ここのように、たくさんの神々を信仰する人々もおります。また、私の生まれた日本では、八百万の神がいて、他の神もその中に入れてしまいます」

 実際、二千二十年の統計では神道の信者は約八千七百九十万となっているが、仏教の信者は約八千三百九十万人となっており、両者の合計は日本の人口一億二千四百二十万をはるかに超える一億八千百万人である。

 「お前は何を信仰しているのだ」

 「無宗教です」

 「無宗教とか、他の宗教とか、あり得るのか」と、しばしの沈黙を破って、父上が尋ねられる。

 「レオンや、ヒルデの世界は、こちらの世界とは違うから、そういうこともあるかもしれませんね」

 「大精霊様が仰るのでしたら、間違いはないのでしょうが」と、母上が言われる。

 「何でも、草木の一本、一本にも神が宿るとか言っていましたね」

 「それでは、野菜も食べられぬが」と、父上が唖然とした表情になる。

 「いいえ、だから感謝の気持ちで食せよとなります」という、自分の返事に、解せぬという感じで父上が首を振る。

 「しかも、あちらの世界では獣にも魂が宿るようで、猫が獣人に転生しています」

 「ニュクスですか」

 「それは分かりませんが、向こうに張り付いている精霊の報告では二人ともそうです」

 「猫にまで魂があるのですか」と、フレデグントが不思議そうに聞いてくる。

 多分、こちらの世界は中世ヨーロッパをもとに構成されており、一神教であるキリスト教を、多神教の精霊教会に置き換えているが、時折、キリスト教の残滓が見つかる。動物に魂がないとするのもその一つであろう。

 「ええ、あちらの世界の理は、こちらとは随分と違っているようです」

 「そうなのですね」

 「だいたい、レオンや、ヒルデのように、異なる世界から転生してくるということがありませんから」

 「そうなのですか」

 「はい、ですから、私も初めてのことばかりで驚いてばかりです」

 「大精霊様ですらご存じでない世界でございますか」と、呆けたようにフレデグントが呟く。

 「ですから、自分のように信仰心がない者が登場するわけですが、そのような者が洗礼を受けてもいいのでしょうか」

 「もちろん、いいですわ」と、アリエルが微笑みながら言う。

 「レオンが自発的に洗礼を受けられることは、私達の喜びですし、信仰心というものは、そのうちに育ってくるものです」

 しかし、アリエルって、信仰の対象だと思うが、魔王と空揚げを食べながらビールやブランデーを飲んでいた姿を知っているので、信仰心が育つ自信が、今一つ、もてない。

 「ありがとうございます。これだけしてもらって、何もしないのは私の心が許しません。ですので、この世界では、精霊教会に入信しようと思っています」

 「歓迎しますわ」

 「ただ、教義も何も知らないのですが」

 「そのようなものは何もありませんわ。ただ、仲よく暮らすことだけです」

 「全ての者がですか」

 「全ての魂のある者がです」

 「その教会とやらに、俺も行っていいか」と、全ての魂ある者という言葉に反応したらしく、グラウスが聞いてくる。

 「グラウス、私達は歓迎します」と、アリエルが頷く。

 なるほど、オルクは魂ある者だ。

 「そうか、教会なんてものがあるのも知らなかったが、俺達でも入れるなら試しに行ってみようと思う」

 「グラウス殿、あなた方は洗礼を受けたことは」と、父上が尋ねる。

 「もちろん、ない」

 「では、この子等と一緒に」

 「ありがたい」

 「ということは、俺も一緒にか」

 「フェルナンは、何かの信徒なの」

 「いや、違うけど」と、自分のほうを見る。

 「何を信じてもいいようだから、自分は洗礼を受けてみようと思っているが、娘は、母親の意見を聞いたほうがいいだろうな」

 「そうか、洗礼って何をするんだ」

 「赤ん坊の場合は、全身浴ですが、帝国でもそうでしょうか」と、コンスタンスが言う。

 「同じですね」と、フレデグントが答える。

 「だとすると、レオン様とヒルデ様はともかく、グラウスやフェルナンは」と、コンスタンスが言う。

 「赤子以外の洗礼というのは、おそらく、皆さんは経験がないと思いますが、よくあることですよ」と、アリエルが語りかけるように言った。

 「どうしてですか」

 「大人になるまで機会がなかった者はたくさんいますので」

 「その場合、どうするのですか」

 「額に聖水をつけます」

 「そうですか、ならば、娘もするのなら、自分達もその方式でしてもらうわけにはいかないでしょうか」

 「どうしてですか」

 「自分はともかく、赤子とはいえ、娘を人前で入浴させたくないので」

 アリエルは、笑いながら、それを了承すると、明日の式は自分がすると宣言した。


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