31 カラスの正体
しかたなく、「大丈夫です」と、事前に相談しておいた結果を伝える。
フェルナンが、「誰だ」と大声を出す。
念話なので、どちらから声がしたのか分からなかったのであろう。誰だと叫びながら、あちこちを見ている。
アリエルが、自分を指さす。
フェルナンがその指先の示すものを見て、「カラスだと」と声を上げる。
アリエルから話があったとき、鷹は、速度が出るし、目もよいが、目立ち過ぎると思った。
東京で猛禽類が増えているという。特に隼が増えているらしい。猛禽類のくせに、DNA調査ではワシタカ類よりはオウムに近いそうだが、断崖絶壁のある環境で生きている。高層ビルディング街をその断崖絶壁に見立てて、ビルディングによって起きる気流を使って狩りをしているそうだ。逆に、夜の闇が必要な梟類は随分と減ったという。
これに対し、前の世界で住んでいたところは、工場の点在する地方都市だったが、田んぼが広がる地域があった。そういうところには野生動物も現れるようで、田んぼを横切っていく狐を見たことがある。小動物もたくさんいた。そして、そういうものを狙って、ツミという小型の鷹がよく飛んでいた。
たまたま、学生時代に読んでいた漫画の影響でバード・ウォッチングを始めたときには、初めて見た鷹に感動したものだ。しかし、近くに営巣地でもあったのだろうが、すぐに、それほど珍しい鳥ではないことが分かった。多分、そういうことに興味がない人には、単なる鳥であろうし、そもそも、目にもとめないと思う。しかし、一度、認識してしまうと、気になるものなのである。
今回、黒い稲妻と呼ばれる王国の将軍に見つけられたのは、鷹が目立つからであろう。もちろん、鷹の視線を感じて振り向くというのは達人ならではと思うが、凝視していたからだろう。そして、空中にいる鷹が人間を見つめるというのは、なぜ、俺を睨む、怪しいと感じたのではないかと思うのである。であれば、細かなところまで分からなくてもいいから、もっと目立たない鳥のほうがいいとなった。
では、小鳥の意識を奪い取るのはどうだろうと考えたのだが、小鳥というのはせわしい生き物である。同じ場所にいるということが少ない。すぐに集団で移動するし、猛禽類に襲われたら逃げるしかない。
では、猛禽類が飛来しても動じない鳥がいるかというと、いないわけでもない。それどころか、飛んでいる猛禽類を攻撃するものがいる。カラスである。
カラスの飛行性能は素晴らしい。タカ類は、急降下能力が優れているが、基本は滑空で、急激な方向転換には向いていない。このため、カラスに上をとられると、逃げるしかないのである。二羽で連携して攻撃することも多い。
最近のヨーロッパのカラスは背と腹が灰色の頭巾ガラスと呼ばれるものが多いが、このカラスは日本にもよくいるハシボソガラスである。そして、日本と同じく、カラスがとまっているからといって、気にかける者は少ない。
実際、こうしてフェルナンとクロエ達との会話を聞いていても、自分が聞いているのを知っていたのはアリエルだけである。それが、アリエルの発言により、状況が変わったので、枝から下りる。
アリエルが、岩のテーブルの一端を指で示すので、そちらにとまる。姫君達とフェルナンの視線が集中するので、仕方なく、挨拶をする。
「このような格好で失礼します。グレンツァッハ村を治めているファーレンドルフ家の三男レオンハルト・フォン・ファーレンドルフです。産まれたばかりで体が動かないので、この鳥の体を借りています」
姫君達も、コンスタンスも、フェルナンも、微動だにしない。そりゃ、突然、カラスに挨拶されて驚かないほうがおかしい。
しかし、そのうちに自分の語ったことが理解されてきたのか、フェルナンが「産まれたばかり」と、呟くように聞いてきた。
「そうですが、あなたと同じ転生者ですので」と言うと、フェルナンが息をのんだ。
「それでは他の方々にはお分かりにならないでしょう」と、前振りをして、実はと、説明をしていく。
大体の理解がされたところで、フェルナンに「あなたは屎尿回収に来てくれた人ですか」と、聞いてみる。
「そうだ、水島独歩だ」
独歩って、明治の小説家にいたなと思う。「武蔵野」を書いた人だ。ただ、親御さんはそういう人がいたとは知らずに命名したのではないか。何だか、雰囲気が違いすぎる。
「自分は…、転生する前の名前は生野重行です。えーっと、お二人おられたそうですが、どちらのほうの方でしょうか」
「ああ、若いほうだ」
「そういう方がする仕事としては珍しいのでは」
「何か問題でもと言いたいところだが、中卒だと仕事がないからな」
「すいません、立ち入ったことを聞いて」
「いや、いいってことよ。若生さん、ああ、もう一人のほうの運転手していた人だが、あの人が施設の先輩で、臨時雇いで来いっていうもので、手伝っていたわけ」
「施設って何のって聞くのはまずいでしょうか」
「児童福祉施設だよ。更生施設ではないよ」
「ありがとうございます」
というような話をしていると、耳白達が帰ってきた。




