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30 姫君達の事情

 三人が閉じ込められていた洞穴の前の広場に、急ごしらえの岩のテーブルを置く。そして、椅子代わりの丸太を用意する。そのまま座ると三人は痛いと思ったので、座面に苔を敷き詰め、大きな葉っぱで覆ってある。

 テーブルの上に、アリエルが出してくれた唐揚げを並べる。椅子代わりの丸太を引いて二人に座ってもらう。いつの間にか力が強くなって、そういうことが軽々とできてしまうのだ。そして、母さんにも座ってもらう。

 「フェルナン、私はいいわ」と母さんが言うけれど、強引に座ってもらう。

 広場は静かなものである。我々以外に動くものは、近くの枝の上にとまっているカラスぐらいのものである。というのは、手下どもは森の中へ耳白とともに行ったからである。一対一で勝ったのだから頭になれと言われたが、実際に群れを率いるのは耳白に譲った。

 というのは、一対一で闘って敗れた者は群れを去るのが慣例だったからである。実際、過去に頭に挑戦して群れを去った者は何人かいる。実は、三人を襲ったのも、群れを去った中の一人である。しかし、耳白は気に入らない部分もあるが、実の親を追い出してまで頭になりたくないし、追い出された者が悪さをするのなら、追い出す意味があるのかと問うた結果、こうなったのである。

 アリエルと俺は対面に座り、三人に食事をしてもらう。 

 三人は、短く、食前の祈りをすませた。十字を切るのではなく、横に二本か三本、胸の前で引くだけである。どうやら、キリスト教徒ではないらしい。そして、それが終わると、手掴みで食べ始めた。手掴みとは言え、慣れた手つきで、優美なものである。

 食べ始めてしばらくすると、一番若い一人が泣き始める。つられて、他の二人もすすり泣く。おそらく、人間らしい食べ物は久しぶりなのだろう。オルクの食事は、生食が基本である。


 食事をし終わると、アリエルが自己紹介を始める。

 「大精霊のアリエルです」

 三人が、恭しく頭を下げる。大精霊って、こいつ、そんなに偉いのか。俺にとっては、唐揚げをくれる西洋人の姉ちゃんで、怪我も直してくれる便利な人程度だったのだが。

 「こちらのオルクがフェルナン、その上で光っているのが精霊のティンです」

 俺は頭を下げてから、その言葉に思わず上を見た。なるほど、俺の頭の上に羽虫のように光っているのがいる。そういえば、ずっといる。こいつ、蛍じゃなかったのか。

 「ご紹介ありがとうございます。私はスンゴウ(スンドゥガウ)子爵家のクロエ、こちらは妹のコリーナ、それに侍女のコンスタンスですわ」

 子爵だと。こいつら、そんないいところの姫君か。どおりで、いい服を着ている。

 「その子爵家の方々が、どうして、このような所へ」と、アリエルが聞く。

 「私とコリーナは、輿(こし)入れのためにスワーブ(シュヴァーベン)公のもとに向かう途中でしたが、途中で賊に襲われたのです」

 スンゴウとか、スワーブとか、どこの地名だ。

 「どのような賊だったのですか」

 「私は見ておりません」と言って、クロエが左右を見る。

 妹も、母さんも見ていないようである。

 「ただ、賊だという声がしたかと思うと、御者が無茶苦茶に馬車を走らせ、最後にはひっくり返った車内で、私達、震えていたのです」

 カーブを曲がり切れなかったのか、転落でもしたのかなと思う。馬も、御者も死んだのだろうか。もしかしたら、何かに襲われて死体も食われたのかもしれない。

 「次の日の朝、こちらのオルク達がやってきて、私達は馬車とともにここへ連れ去られたのです」

 オルクになった身なので、それはお気の毒にと頭を下げておく。

 「いろいろ不自由をおかけしました」

 「確かに、不自由は不自由だったのですが、コンスタンスが生活魔法でいろいろしてくれたから、そうでもなかったです」

 生活魔法って何だ。

 「むしろ、命が助かっただけでも儲けものだと思っております」

 そりゃ、どうも。

 「あと、どうやってお戻しするかですが」

 「いえ、私達はもう戻れません」

 「はい?」と、思わず声を出す。

 声を出したせいか、クロエ姫がこちらを見る。

 「今、スワーブ公国に参りましても、オルクの虜になっていた私達を誰が欲しがるでしょうか」

 オルクの顔を見て、怖がらない人などいないと思うのだが、この姫君は俺の顔を正視しながら、落ち着いた口調で話している。それが、教育のせいなのか、出自のせいなのかは知らないが、立派なものである。前の世界にいた時には、俺の顔を見て、まともな対応をしてくれる人などいなかったから、妙に感動する。

 「もちろん、王国にも戻れません」

 この人達は、クリスチャンでないとしても、処女でないと婚姻できないという時代に生きているのだろうと思う。まして、オルクのすみかに攫われたとなると…。

 「では、どうすれば」

 返事はない。しかし、このまま、ここに住んでもらうのはあまりに気の毒である。

 「この森の南にヴェストマルク辺境伯領の村があります」と、アリエルが切り出した。

 辺境伯領って、何だ。

 「辺境伯領ということは、人間の集落でしょうか」と、クロエが念のためという感じで確認をとる。

 「はい、そうです」

 「帝国の方々に私達は受け入れてもらえるでしょうか」

 「レオン、受け入れられる?」

 後ろを振り向いたアリエルが聞いた。


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