29 三人
案内された先には洞窟があり、岩や、大木で塞がれている。その障碍物を耳白は、軽く片手で放り投げると、中に入っていった。そこに馬車の残骸らしきものが置いてあり、敗れかけた服を着た人間の女性が三人ほどいた。
アリエルが、魔法を使ったらしく、中が明るくなる。
俺が、「ムーフェルノー」と言ったら、母さんが反応した。
そして、「Fernando! Mon Fernando!」と叫びながら、俺に飛びついてきた。
走り方がおかしい。見ると、体の左側全体が打ち身で覆われ、それが青黒く変色している。左腕は肘の下から先がない。
抱きとめてから、「何をした」と、顔だけ向けて耳白を問い質す。
「腐ったから切り落とした」
「どういうことだ」
「文字通りの意味だ」と言ってから、耳白が最初から説明し始めた。
半年以上前のことだそうだ。狩りの途中で、血の匂いがしたので見に行くと、森の南端、森を突っ切る街道のすぐそばに馬車が転がっていた。何かに襲われて森に突っ込んだのだろうと思うが、馬も御者もいなかった。多分、逃げたか、殺されたのだろうが、その馬車の中にこの三人はいた。だから連れ帰って、こいつは俺が犯した。
ただ、他の二人には手を出せなかった。かわりに、そのたびに、自分を犯せと言わんばかりに遮る。言葉は通じないし、しかたないから、ここに監禁しておいたのだが、そのうちにお前が生まれた。
ところが、ある日、お前を抱いて姿を消した。
以前、ここを追放した若いのがいたが、そいつが俺の留守中に忍び込んで、他の二人を犯そうとしたらしい。それで、三人とも驚いて、そいつが開けっぱなしにしておいたところから逃げ出したんだ。そこへ、俺が戻ってきてとっちめている間に、こいつが消えた。
女はどうでもよかったが、お前は俺の唯一の息子だからな。何としても取り返したかった。だから、追いかけていって返せと言ったら、逃げ出したわけだ。
そうしたら、後ろから飛びついたのがいて、女がバランスを崩して倒れていった先が岩だった。普通だったら、手をつくのだろうけど、赤ん坊を守るためだろうな、左側面からまっすぐさ。おかげで、左腕は岩で無茶苦茶になって、そのうちに化膿してきたから、切り落とさざるを得なかったというわけさ。
「つまり、俺を守るために母さんはこうなったと言うのか」
「まあ、そうだな」
「アリエル、お願いが」
「いいですよ」と、アリエルが言った瞬間、青い光が三人の女性を覆った。
その魔法は素晴らしかった。母さんの怪我や痣はもちろん、三人の着ていた服まで修復されたのだ。もちろん、母さんの左腕は、何事もなかったように復活している。
母さんは驚いたようだが、アリエルがしてくれたことは分かったようで、手を合わせて祈っていたと思うと、俺を抱きしめて、猛烈な勢いで話し出した。もっとも、言っていることは分からなかった。錯乱といってもよいぐらい興奮しているし、もう二度と離しはしないという感じだったからだ。
アリエルが、オルク達にしたように念話の魔法をかけてくれて、ようやく、話が通じるようになり、徐々に母さんも落ち着いていった。彼女達は帝国に輿入れする王国の貴族だそうで、思った通り、母親はその小間使いとしてついてきたのだそうだ。
そして、ムーフェルノーではなく、モン・フェルナンと言っていたらしい。モンは王国の言葉で私の、だから、私のフェルナンとあやしながら言っていたのだろう。しかし、こんな化け物を育てようと思うのだから、母親は偉大である。
俺は、服の袖から、川の中に落ちていた指輪を取り出すと、母さんの指にはめた。母さんは指輪が戻ったことに驚いていたが、俺を抱きしめると、また、泣き出した。そして、俺の額に口づけをすると、指輪にも口付けした。おそらく、誰かの形見というような、大事な指輪だったのだろう。それが、左腕が腐っていくうちに抜け落ちて、川へ転がり、俺のいた所まで流されてきたのではないかと思う。
しかし、王国とか、帝国とか、一体、どこへ来たのだと思う。生まれてすぐに母さんの顔を見た時には、西洋人の顔だなと思っただけだった。アリエルの顔を見た時も同じである。しかし、この貴族の娘さん達の顔を見て分かった。ここは、異国だ。しかも、オルクなどというものまでいるのだから、異界だ。そして、俺は、そのオルクという化け物として、この世界に転生してきたのだろう。
ただ、母さんの言動を見ていると、人間としての言動だった。前世で、あまり人間らしい扱いを、親からも、世間からも受けていなかったから、異界は、異界なのだが、この世界に来てよかったと思った。
そんなことを感じながら、洞窟の奥を見ると、残り二人の女性はかなり身分の高い人らしく、旅装だが、なかなか立派な衣装を身にまとっている。母さんの服装は、この二人の小間使いというところだろうか。
三人とも十代前半、最大限に見積もっても十五、六といったところか。美しいというより、可愛らしい女の子という年代で、怪我が治ったことよりも、服が元通りになったことのほうが嬉しそうである。




