27 電気って何?
エーベルが駆け寄ってくる勢いに、念話に参加していなかったアグネスさんが「どうかされたのですか」と、後ずさりながら聞く。
「大丈夫です、驚いたけど」と、アグネスさんにも聞こえるように念話の範囲を拡大して答える。
「雷にやられたかと思ったよ」と、エーベルが硬い表情のまま言う。
そこへ、父上とベルンが上がってきた。
「すいません、油断しました」
「どうした」と、父上が聞く。
「振り返って、こちらを見たかと思ったら、すぐに雷撃を浴びせてきました」
ベルンは、ようやく、そういうことかという顔になる。
「王国の隊長はよほどの手練れだな」と、エーベルが感想を述べる。
「もしかして、黒人の」と、父上が言われる。
「そうです。御存じの人ですか」
「黒い稲妻と呼ばれる王国十二将の一人だ」
「十二将ということは、将軍ですか」
「そうだ」
見られているのを感知できるというのも凄いが、瞬間的に攻撃できるというのも普通ではない。将軍と聞いて、納得がいく。
「雷撃って、あんなに素早く撃てるものなのですか」
「そもそも、雷撃の魔法を授かっている者はほとんどいない」と、父上が答えてくれる。
「その上、発動が早くて、正確だ」
確かに、呪文も、魔力のためもなかった。
「電池でも持っているのでしょうか」
「電池?何だそれは」
しまった。中世ヨーロッパに電池があるわけがない。一応、「バグダッドの電池」と呼ばれるものがあり、構造から、千数百年前の電池といわれるが、きわめて怪しい。したがって、十八、九世紀にイタリアのガルヴァーニやヴォルタが開発したのが最初と考えるべきである。
「どうした」
「何と説明したらいいのか考えています」
静電気なら分かるだろうか。しかし、プラスチックスの下敷きもないから、こすり合わせて髪の毛を逆立てることもできない。たしか、古代ギリシャのタレスは、琥珀の摩擦帯電が云々と書いていたはずだが、この当時、琥珀は海のものと思われていたはずだ。
「雷の素を容れておけるものです」
「何、雷を持ち運べるのか」
そう、そうなるよね。誰か、説明を代わってください。
「いや、雷を持ち運ぶのは無理なのですが、雷というのは電気…」
電気という概念もない!
「えーっと、手と手をこすり合わせると、物がくっつきやすくなるのですが」
「羊の毛とかそうだね」
おお、ベルン。君は観察眼が鋭い。
「痛みとか感じますか」
「撫でていると、時々、軽く痺れるような」
「冬場、剣に触るとそうなる時があるな」と、エーベルが言う。
「それです。それが雷の正体です」
「ということは、これか」と、父上が右手の親指と人差し指をゆっくりと広げる。
その間に、小さな放電が起きる。
父上!あなたはスタン・ガンだったのですね。
「あっ、それです。それが雷の素です」
「しかし、黒い稲妻のように飛ばせないぞ」
「飛ばせなくても、同じものなのですが、それは魔法ですね」
「そうだ、儂が使える中で、唯一、戦闘力のある魔法だ」と、淋しげに笑う。
「素晴らしい」
「そうか、組みつかれた時か、こいつらをたしなめるぐらいにしか役立たないぞ」と、二人の子を見る。
いや、父上、電気ショックって、虐待ですよ。
「お借りしてもよろしいでしょうか」
「お借りしてもって、どうするんだ」
「少し待ってください」と言って、魔法を作る。
「準備できました」と言うと、父上は「このままでよいのか」と放電したままでいてくれる。
「はい、それでお願いします」と言ってから、「レント」と唱える。
「ありがとうございました」と言うと、指の間の放電を消しながら、「何も感じなかったが」と言われる。
「いえ、大丈夫です」と言うと、窓の外を見てもらうように頼む。
そして、「ライトニング」と呟く。
大気中の電荷が集められ、放電が起きる。それは雷となり、五百メートルほど離れた森の大木に落ちる。瞬間的に大木は焼け落ち、派手な音を立てて倒れる。その音に驚いた大量の鳥が飛び立ち、獣類が移動していく。
「どうでしょうか」と、父上のほうを見ると、三人とも呆然としている。
一分間ほど過ぎて、「どうやった」と、父上が聞かれた。
「雷の素は、空気中にあります」
電荷とか説明するのが面倒なので、雷の素でいいだろう。
「それを集めただけです」
「集めただけですって、お前、そんな簡単に」
「この魔法です」と言って、「リターン」と呟く。
「何だ、これは」
「父上の魔法を戻しました」
「…」
「これで、使えるはずです」
しばらく、眼が虚ろだった父上だったが、「試してみよう」と言って、窓辺へ立った。
そして、魔法を発動させると、先ほどと同じ現象が起き、隣の木が倒れる。
「しかし、王国十二将などと呼ばれている人が、このような所に来るものでしょうか」
「そこは分からんが、これは辺境伯に伝える必要があるな」と、父上が言われる。
「それにしても、よく逃げ出せたな」と、エーベルが感心したように言う。
「多分、あの鷹がやられたのでしょう。視界が急に消えましたから」
「つまり、意識を乗っ取っている相手がやられても、レオンハルトは大丈夫だということか」と、父上が言われる。
「そのようですね。もっとも、あの鷹は気の毒なことをしました」
「鷹ぐらいですんでよかった」
「しかし、鳥の視点でものが見られるというのは凄いですね」と、エーベルが言う。
「うむ、戦い自体が変わる」
この辺り、感覚が違う。自分が乗っ取らなければ、あの鷹も死ぬようなことはなかったと後悔しきりなのだが、この親子にとっては、戦闘に役立つかどうかのほうが大事なのだ。武人だから、当然なのだろうが。




