26 鵜の目鷹の目
「エーベル」と、ベルンがエーベルハルト兄さんに声をかける。
振り向いた長兄の眼が丸く見開かれる。
「どうしたんだ、その鷹」
「レオンの支配下にあるらしいよ」
「そんなことが出来るのか」
「うん、エーベルハルト兄さん、出来るよ」と、念話を送る。
すると、兄さんは、しばらく、あちこちを見てから、鷹の顔を正面から見て、「本当にレオンなのか」と聞いてきた。
「そうだよ、この鷹の眼でお兄さんを見ている」
「レオンはどこにいるんだ」
「二階でアグネスさんに抱かれている」
「直接見ていなくても支配できるのか」と、エーベルハルト兄さんが驚いたように言う。
そこへ、父上が入ってきた。
「父上、おはようございます」
「レオンか、おはよう、どこにいる」
「二階ですが、ベルンの肩の上から見ています」
「ベルン?」と言いながら、父上がベルンを見て、鷹がとまっているのに、同じように驚く。
そして、「レオンが変身したのか」と聞く。
なるほど、ヨーロッパである。日本では、某漫画で変身というものが始まるまで、憑依が基本であった。しかし、こちらでは、オウィデウスの書いた「変身物語」を取り上げるまでもなく、神やニンフが変身するのである。
「いえ、この鷹を意識下に置いています」
「意識下ということは、自由に動かせるのか」
「はい、造作もないことです」と答えると、爪を立てないように、ベルンの肩から静かに滑り降り、落ちる途中で羽ばたいて、父上の目の前で空中停止する。
「肩にとまらせてもらってもよろしいでしょうか」
「おお、もちろんだとも」と答えられたので、そのまま肩にとまり、向きを変える。革製の鎧で覆われていたので、ベルンの肩にとまるより神経を使わずに済む。
沈黙を破ったのは、エーベルハルト兄さんだった。
「鷹の目を通して、何が見える」
「エーベルハルト兄さんとベルン兄さんが立っています」
「エーベルでいいよ」
「分かった。そう呼ぶよ」
「空中からでも見えるのか」と、父上が聞く。
「先ほど、空中から見たときには、木の上で団栗を食べているリスがくっきりと見えました」
「どれぐらいの高さまで昇れるのだ」
「実際、やってみたいので、外へ連れて行ってもらえないでしょうか」
「分かった」と言って、三人で外へ出る。
突然、三人が外へ出てきたので、領民が驚いて頭を下げ、父上の肩にとまっている鷹を見て固まる。
「よろしいでしょうか」
「うむ」と、父上が頷かれたので、そのまま飛び上がる。
しかし、思ったよりも上がっていかない。すると、突然、体が軽くなり、上へ、上へと上がっていく。これが上昇気流かと思いながら、それを探しながら上がっていく。下から見ると、円を描いて上昇していくように見えるだろう。
「どこまで行くの」と、ベルンの声が聞こえたので、上昇をやめて、水平飛行に移る。
下を見ると、ごま粒のように家族の姿が見えた。
「ベルン、何か動いてみて」
「分かった」と言うので、焦点を合わせる。
急速に拡大されたベルンが右手を突き出している。
「それは剣の突きの稽古なの」
「そうだよ、よく分かったね」と驚いたようにベルンが言う。
「その右手で、何か数字を表してよ」
それを聞いたベルンが西洋式に親指と人差し指を立てる。
「二」
「凄い、じゃ、これは」と、小指だけを曲げて手を広げる。
これは、日本人には難しい指の形だなと思いながら、「四」と言うと、「王国の方は見えるか」とエーベルが聞いてきた。
「森の向こうに川と町が見えます」
「街道はどうだ」
「それも見えます。馬車が二台走っています」
「町の方はどうだ」
「門のところに番人が一人います」
「凄いね」
「町を反対側から見てみましょうか」
「頼めるか」
と言うことなので、そちらに向かう。
「反対側の門も番人が何人もいます」
「何か動きがあるのかな」
「あれは騎士団ですね」
「何人ぐらいいる」
「今、外に出ているのは十一人です。いや、もう一人、建物から出てきました」
「ほう」
「鎧の胸にフルール・ド・リスがついています」
「王国の紋章をつけているだと」
フルール・ド・リスは百合の花を意味するが、実際にはアイリスを図像化したものである。これは、白い百合が聖母マリアに捧げられたことに由来するが、ヨーロッパにはそれに当てはまる花がなかったため、アイリスで代用されたからと言われる。実際、バルザックの小説のタイトルで有名な谷間の百合は鈴蘭のことである。
「この人が隊長らしいですね」
長く縮れた黒い髪から覗く顔は浅黒く、唇が分厚い。デュマのように、ムーア人の血でも入っているのだろうかと思いながら注視していると、突然、こちらを見上げた。
「うん?」
「どうした」
「気づかれました…」
思わず悲鳴を上げる。
その直後の雷鳴に、エーベルが、「レオン」と叫びながら二階に駆けあがり、アグネスに抱かれた自分の前に駆け寄る。




