21 こちらも新しい家族
昼食を食べに家に戻ると、天音さんが廊下で待っていた。
どうしたのかと聞くと、食堂に連れて行かれた。朋香さんが、見たこともない素敵な服を着て座っている。
驚いて固まっていると、「結婚おめでとう!」と天音さんが言い、クラッカーが鳴り響く。
「あ、ありがとう」
突然のことで、頭がついていけない。
見ると、食堂のテーブルの上には、御馳走が山盛りになっている。
「頑張って作ったのよ」と、天音さんが言う。
そういえば、午前中はほとんど寝ていたが、その前の夜は遅くまで準備していたのだろう。
「もっとも、材料を買いに行くのは私だったから、腕が抜けるかと思ったわ」と、朋香さんが微笑む。
「配達を頼めばよかったのに」と、天音さん。
「そんな、もったいないことはできませんわ」
「御免なさい、ずっと配達してもらっています」と、申し訳なく思って言うと、皆が笑った。
嬉しくて、自分も笑った。
「でも、お金はありますから、配達してもらったらいいのに」
「それなら、車を買ってもいいですか」と、朋香さんが言う。
「もちろん、いいですが、運転できるのですか」
意外に思って聞いてみる。
「免許はありますし、会社の車も運転していました」
「そうなんですか」
自分は、ここ十年間は運転していないし、免許証も失効している。しかし、大都市ならともかく、こういう地方都市だと、車がないと何もできない。
だから、夢を書いて首都圏等の大都市から移ってくる人は、家の前にバス停があるのを見て、ここがいいとか思うようだが、本数を確認して欲しい。そして、二時間に一本しか走っていないと驚く前に、値段を確認してほしい。市街地を離れると、千円札が必要になる場合もあるのだから。
「でしたら、いくら高くても結構ですので、好きな車を買ってください」
「私、可愛いのがいい」
いや、天音さんの車ではないのですが。
「丈夫で、安全装置がついているものがいいです」
「大丈夫ですよ、私はゴールド免許ですよ」
そりゃ、お見それしました。
しかし、子育て中の母親は大変である。信号で、車が停まるたびに携帯電話を確認している。最初は、そんなに気になるものかと思っていたが、保育園や幼稚園、それに小学校や学童保育からの連絡をチェックしているのだと聞いて、認識を改めた。いつ、子供が熱を出したり、怪我をするか分からないのだ。
知らなかったとはいえ、十五年間も一人で子育てをしてもらったことと、そして、それだけの期間、放っておいたことを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。特に、この五年間は同じ家に来てもらっていたのに、自分は何も知らずに、安全な場所に引き籠ってばかりいたのだから。
「あと、保険は最上級のに入っておいてくださいね」
何かあったら大変だ。もっとも、何かあっても、我が家の資産があれば何とかなるだろうが、用意しておいて間違いはない。
「では、そうさせてもらいます」と言ってから、「それより、いただきましょう」と言うので、席に着いた。
しかし、天音さんは料理の天才である。どうやったら、こういう素敵な娘に育てられるのかと思って、朋香さんを見る。朋香さんも、こちらを見て、微笑んでくれる。そして、それを見ている天音さんがいる。純粋に嬉しかった。
おいしい、おいしいと言いながら食べていると、「これだけ褒めてもらうと作りがいがあるわね」と天音さんが言う。
「料理人になりますか」と言いかけて、やめた。
天音さんは、現状では、この切り取られた家から外には出られない。料理人になろうにも、外へ出られないのなら、調理学校に通うにしろ、修行に出るにしろ、何もできないのだ。しかも、向こうへ行っても赤ん坊なのだから、何もできない。
「大丈夫よ、今は何もできないけれど、アグネスが空揚げの作り方を知りたいと言っていたから、今度、教えてあげるの」
なるほど、天音さんは向こうの世界に生きがいを見出しているのか。気丈にふるまっているだけだろうが、こちらの家から出られなくても、何とかなるような気がしてきた。
「それに、私。こんなことになる前は焦ってばかりいたの」
「そうなの」と、朋香さんが相槌を打つ。
「だって、お母さんは学校へ行きなさいとは言わないけれど、それを願っているのは分かるでしょ」
「でも、学校に居場所はない」
「そうなの、お父さん」
「誰かにいじめられたわけでもないけれど、何となく居心地が悪い」
「分かるんだ」
「そりゃ、その点だけは天音さんの先輩だから」
「そうなの」と、朋香さんは置き去りにされたような表情で言う。
「自分は引籠りであって、不登校ではないので、正確なところは分からないのですが」と前振りをして、話を始める。




