20 指輪
それから、一月ほど、森の中で過ごした。アリエルが、時々、食べ物をもってきてくれたが、基本的に自分で狩ったものを食べた。最初は、川の魚をすくい上げて食べたり、それも獲れない時は、昆虫まで食べていた。
そのうちに、獣を狩るようになった。丈夫な蔓草で輪っかを作り、獣道に埋めて偽装しておく。その穴に獣の脚が落っこちた瞬間に蔓を引っ張って捕獲するのである。くくり罠の原始版である。
最初のうち、兎ぐらいまでが相手だったが、ある時、鹿がかかった。体を持っていかれかけたが、蔓の反対側を木に括りつけてあったので、鹿はそれ以上行けずに倒れた。それを撲殺してからは、鹿や猪が相手になった。もっとも、一匹倒すとしばらくはあるので、川の中に漬けておいて、少しずつ食べた。
ある時、通常の二倍はある鹿がかかった。限界まで伸びると、いつものようにはいかずに、蔓のほうが切れた。どうやら、この鹿は別格だと思って、追いかけていって背中に跳び乗った。そして、振り落とそうとするのを、両方の踵で挟み付け、背伸びをして、こめかみの部分を両方から中高一本拳で突き刺す。中指の第一関節を突き出して行うこの握りは、正拳より中高も面積が小さいだけに、強大な破壊力を持つ。鹿は、しばらくはまっすぐ走っていたが、よろめきだし、すぐに倒れた。その上に立っていると、後ろから襲われた。
肩口に嚙みついた奴を右手で引き離し、地面にたきつける。狼だった。その時、次の狼が襲い掛かってきたので、その鼻っ面に左の正拳を叩きつける。そして、その次の奴を蹴飛ばしたところで、狼達が急停止したので、こちらから襲い掛かり、二、三匹倒したら、十匹以上いた群が逃げていった。
狼の死骸は放っておいて、鹿だけを掴んで川へ行く。鹿の脚を括った蔓の反対側を岩に結び、そのまま、川の中に漬ける。食い破ったところから、血が流れていく。自分も川に浸かって傷口を冷やしていると、例の羽虫が飛んでいって、アリエルを呼んでくれた。
前と同じように青い光で怪我を直してくれたので、狩りを再開する。森の北側の赤ん坊は生まれたそうで、一度、会いたいらしい。人間が、こんな化け物に会ってどうするのだと思う。化け物は、化け物らしく、孤独に生きるほうがいい。
その時、森の向こうに、何メートルもありそうな巨大な猪が見えた。普段だったら、そんなことはしなかっただろうが、そんな荒んだ気分でいたので、挑発したら、簡単にこちらのほうに突進してきた。
跳び箱の要領で頭を飛び越え、脚で首を絞めつけながら、踵で頸動脈を圧迫する。同時に、人間なら、ここが腎臓だなと思うあたりを殴る。背中の骨で守られていない部分で、ボクシングなら反則になる。当然、猪は暴れまわるが、余計に締め付けて、腹も殴っていると、突然、体が硬直したように後ろ肢で直立した。そのまま倒れていったので、慌てて飛び降りた。この巨体の下敷きなどになりたくない。
猪の後ろ肢を持って川辺に引きずって行く。今の俺の体は、この一ヶ月ほどでかなり大きくなったが、それでも一メートルほどしかない。それが、数メートルもある猪を引きずるのだから漫画みたいな話だが、実際にできるのだから仕方がない。
さっきの鹿と同じように蔓で縛って水の中に漬けた時、川の中で、何かが赤く光った。見ると、指輪だった。川の中から拾い上げると、そこに彫られた花の形に記憶があった。あの時見た、母の指に嵌められていた指輪に間違いなかった。そして、ここにあるということは、母は殺されたのだろう。
怒りはあっという間に沸騰し、俺は声を上げて走り出した。
アリエルが「待って」と言うのは聞こえたが、俺はひたすらに川沿いを駆け登った。




