19 オルクの子
この程度だとどうかなと思うのですが、オルクが出てくると残酷なシーン、性的な描写も出て参ります。十五歳未満お断りということで御容赦下さい。
実は、ここからオルク篇として章を改める予定だったのですが、前回の転移篇に較べると半分の分量であり、内容的にも誕生篇にいれても違和感がなかったので、そのままでいきます。ただ、最初の数話他が、オルクの視点になります。
ずっと聞こえていた太鼓のような重低音が途絶えた。体を押さえていた液体の感覚がなくなり、かわりに血の匂いがした。むせ返りそうになって、悲鳴を上げると、空気が口の中に入ってきた。手で顔の周りを無暗に撫でまわすと、ようやく目が見えるようになった。
目の前に女がいた。泥にまみれた服が破れ、乳房がむき出しになっている。小柄な、西洋人の女だ。黒い瞳と、小さな赤い唇が妙に肉感的である。その乳房が妙に誘惑的に感じ、乳房に吸い付いた。じきに母乳が口の中に流れ込み、満足した俺は眠りについた。
気がつくと、俺はその女に抱かれて移動していた。そして、もう一度、乳房に吸いつくと、母乳をむさぼった。飲み終わると、顔をもたげて、その人の顔を見た。近くで見上げるその人の顔は、満足そうでもあり、寂しげでもあった。
「Mon Fernando」と、その人は、俺をそう呼んだ。
ムー・フェルノーって、俺の名なのかと訝し気に思う。そして、この人は母親なのか。そう思って声を出したが、獣の吠えるような声がするばかりであった。驚いて、手を見る。それは人間の手にしては頑丈そうな爪がついており、獣のもののように見えた。
それでも、母親は驚きもせず、「Mon Fernando」と、もう一度言って、俺をあやすように揺らした。頭を撫でてくれた左手が、鬢のほつれを直すように上に動き、俺のお腹を撫でるように動いたので、指輪の宝石が赤く輝いた。
しばらく、歩み続けた母親は、突然、その歩みを止めた。そして、耳を澄まして何かを警戒しているようだったが、再び、歩み始め、大きな岩を回ったところで悲鳴を上げて止まった。
人型の化け物がそこにいた。半裸の体は浅黒く、頭にも毛はなく、歪んだ醜悪な顔をして、口から牙をむいていた。
母親は徐々に後ろに下がっていくと、突然、踵を返して走り出した。肩越しに見ると、他にも似た顔つきをした化け物が十何匹もいた。そのうちの右耳の白い一匹が、返せと言わんばかりに手を差し出した。
しかし、その人の走る速度は変わらず、森の中らしいところを走っていく。そのうちに、一匹の化け物が後ろから飛びかかってきた。母親は、背中に衝撃を受けたらしく、俺を抱いたまま倒れていった。そして、そのまま俺も意識を失った。
気がつくと、周囲は異臭がしていた。そして、十匹以上の化け物の子が眠っていた。どうやら、俺は、そのまま意識を失っていたらしい。母親はと思って見渡すと、人間はおらず、ただ、一匹の化け物が乳房を見せていた。俺は、他の化け物を踏みつけてそちらに行くと、母乳を貪った。
数十日経つと、歯が生えてきた。歯というより、牙だった。すると、俺は首筋を掴まれて外へ放り出された。目の前に肉塊が置かれ、俺は考えもなしにそれを齧った。食べ終わって周囲を見渡すと、何匹もの化け物がいた。一匹が、俺のほうを指さした。
その様子が、あの時、返せと言わんばかりに手を差し出した奴と同じく耳が白かったので、俺は唸り声を上げた。皆が笑い、そいつが俺を殴りつけたので、目の前にあった左腕を思いきり噛んでやった。それから、殴られたり、蹴られたりしたが、逆に手足をそいつの腕に絡めて離れずにいた。すると、周囲の連中が寄ってたかって俺を引き離そうと暴行を加えた。
気がつくと、俺は一人で川岸に打ち寄せられていた。体中が痛んで動けなかった。目も腫れ上がっているようで、何も見えない。久しぶりにこんな状態になったなと思いながら、しばらく休んでいたが、何も変化がないので、動かない体を無理に動かし、這いずって、水を飲み、体を洗い、顔を洗った。
しばらく洗っていると、こびり付いた血が消え去り、腫れも少しは引いたようである。俺は辺りを見渡し、苔むした巨大な倒木の上に身を横たえた。
目が覚めると薄暗かった。体の痛みは残っていたので、そのまま横たわっていると、光る羽虫のようなものが二匹飛んできて、俺の顔の上を回った。そのうち、一匹が、どこかに飛んでいくと、若い女を連れてきた。その女も西洋人だったが、不思議なことに空を飛んでいた。
その女は、アリエルと、テレパシーのように頭の中に直接響く声で名乗った。そして、俺の体を青い光で包むと、怪我を全部直してくれた。驚いていると、唐揚げを出してくれた。なぜ、この世界に唐揚げがあるのかとは思ったが、口には出さずに食べた。揚げ立てだった。
食べ終わってから、なぜ、揚げ立ての唐揚げがあるのかと思って聞いてみると、空揚げって分かるのねと微笑んだ。その反応は何だと思って、さらに聞いてみると、俺は転生してオルクなどというものになったと聞かされた。そして、森の南側の台地に、やがて、やはり転生した男女の赤ん坊が産まれるはずと教えてくれた。オルクかと聞いたら、人間だと言うので、何だ、それはと思った。こっちがオルクなどになって苦しんでいるのにと思った。
それはともかくとして、怪我も治り、お腹も一杯になったので、倒木を降りて、川辺に行った。川面に映る自分の顔は、恐ろしかった。これがオルクかと思った。そして、その顔は、寄越せと母親に手を差し出した奴とよく似ていた。返せと言うぐらいだから、そいつが父親なのだろうと思った。だとしたら、嫌だなと思ったが、そうでなくてもオルクの子であることに間違いはないのだから、あまり変わらないと思った。




