16 勇者としてのレオンハルト
静かになるまで、しばらく待つ。この展開は予想されていたからである。したがって、打合せ通りにアリエルに来てもらう。
「アリエル様、お願いします」と、静寂が戻ったところで言うと、大精霊が飛んできて、自分の横に停止すると、口を開く。
「ブリュンヒルデにパルがついているように、このオルクにも精霊がついています」
パルが呼ばれたと思ってか、こちらに飛んでくる。
「その者の連絡によると、オルクとはいえ、人間としての知性を持っており、あなた方に危害を加えることはありません」
「それでも、オルクはオルクではないでしょうか。暴れないという保証はできないと思われますが」と、父上が言われる。
アリエル相手だから丁寧な口調だが、そんな危険なことに家族や領民をさらしたくないという意思が強く表れている。
「レオンハルトには勝てません」とアリエルが言い切る。
「大精霊様のお言葉ではありますが、赤ん坊がオルクに勝てるとは思えません」と、父上が疑念を表明する。
アリエルがこちらを向く。自分で言えということだろう。
「それは、自分が勇者として転生したからです」
「勇者…、勇者だと」
父上が、驚愕のあまり、それまでの冷徹さを忘れて、呆けたような口調になる。
「その通り、レオンハルトは勇者です」と、アリエルが保証の言葉を述べる。
次の瞬間、歓喜が爆発した。
この世界で、勇者というのは、皇帝以上に尊重されるというのは、事前に聞いていた。したがって、この辺境の地に勇者が誕生したということは、とんでもない慶事なのである。
「ただし、今の自分の体は赤子です」と、ようやく静まった食堂で、静かに語りかける。
「剣を持つこともできませんし、魔力もありません」
「魔力がない」と、父上の目が光る。
これも想定内の発言である。赤ん坊だから剣を持てないのは当然だと考えるだろうが、魔力ゼロの勇者など考えられない。
「その代わり、精霊王オベロン陛下からいただいた力で魔法が使えます」
ここで、腕輪で魔法が使えると言うと、もう一つの腕輪はということになりそうなので、そう言うことにした。
そして、精霊王の名を出すことにより権威を高めようと思ったのだが、それは成功したらしく、「精霊王陛下から力を貰っただと」と、父上が目を剥いている。
「たとえば」と言って、メガ・アイスと唱える。
自分の頭の上に、高さ一メートルほどの氷の正立方体が浮かぶ。
ウォーターx百を、立方体にする魔法であるキュービックx百をかけて合着、さらにアイスx五十で凍らせ、それに浮遊の魔法をかけたものである。これをメガ・アイスと名付けて発動できるように、朝から準備して貯蔵庫にしまっておいたのである。もちろん、時間経過のないほうである。
「これをそのまま落としてもよろしいでしょうし、このように分割させたらどうでしょう」と、百本の太さ十センチの角材状の氷柱に分割し、先を軽く尖らせる。
「見事だ。これで倒れぬ魔物などそうはいない」と、父上が褒める。
「ありがとうございます。もっとも、この程度など歯牙にもかけぬという魔物も多いでしょう」と挨拶をする。
そして、「ただ、私は戦いを好みません」と言ってみる。
「戦いを好まないだと」
「はい、私の国は八十年近く前に戦争に敗れてから、戦いをしていません」
「八十年も戦争をしていないというのか」
「はい、しておりません」
「それでは、何も守れないではないか」
「外交というものがあります」
父上が一笑に付した。
「外交で済むのなら、騎士もいらぬだろ」
「理想論ではそうなります」
「何だと」
「もちろん、今すぐになくすのは無謀です」
「当然だな」
「自分は、世界中が手を取り合って生きる社会を夢見ています」
「まさしく、夢物語だの」
「そして、その範を示すのはファーレンドルフ家でありたいと思っています」
「我家の家名が上がるのはいいが、どうやってだ」
「その第一歩として、オルクと繋がりを持ちます」
「おかしなことを言う。お前が勇者であっても、今は赤ん坊でしかないな。どうやって、繋がりを持つと言うのだ」
「赤ん坊でも勇者です」と言うと、アグネスさんに床の上に自分を置いて離れるようにお願いする。
アグネスさんは、父上の顔を見て、頷いたのを確認すると自分を床の上に置いた。まだ、お座りができないので、仰向けに寝る形である。そして、離れ方が半端だったので、使用人の列のところまで下がるように伝える。
アリエルが頷いて、安全だと報せてくれたので、頭上のメガ・アイスを浮かばせていた重力魔法を切る。
百本の太さ十センチ・メートルの氷柱が、寝転んでいる自分めがけて落ちてくる。




