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4 アリエル

 「勇者は転生先って、どういう意味でしょうか」

 「勇者として生まれ変わるということだ」

 「自分がですか」

 思わず、情けない声になる。勇者なんて、なりたくはない。命の危険を冒してでも冒険したいなどという年齢はとっくに過ぎているし、そもそも、そのような年齢の時でも憧れなどはしなかった。34歳にもなって、モンスターと肉弾戦をやる気にはなれない。誰からも邪魔されずに一人静かに本など読んでいれたらそれでよい。

 「余と一緒にな」

 「勇者が二人に分かれるのですか」

 「いや、分裂はしない」

 一卵性双生児ではないのかと悩んでいると、「ゼーレは精子ではない」と説明が始まった。

 ゼーレというのは、このピンポン玉のような人魂のことらしい。今入っている卵はアイツェルというようだが、卵子の中にいるにしては乾いている。それに、白一色でよく分からないが、存外に広い空間のようである。卵子とアイツェルは違うものなのだろうが、魂と魄でいいだろう。

 それで、何でも、魄に入る魂は一個だけだそうで、さっき見た娘さん、彼女は大精霊だそうだが、特別な魄には、そういう者達が入る先を指定するのだそうだ。だから、彼女が手招きし、指さした段階で、自分が勇者に転生することが定まったのである。

 つまり、ヨアヒム王が割り込み、同着でなければ、どちらかがはじかれたはずなのである。もっとも、自分が先に入ったとしても、この人の力なら摘み出されてしまうかもしれない。

 「なぜ、自分が勇者に選ばれたのでしょうか」

 王は沈黙した。

 いや、分かりますよ。どう見たって、自分は勇者のキャラクターではないです。今は、人魂なので分かりませんが、本来の自分は、風采の上がらない30代のひきこもりです。太ってはいませんが、筋肉質でもない、肌も青白い、勇者なんてとんでもないです。

 それでも、王は自分から目をそらすことなく、「アリエルに聞いてみよう」と言った。

 いや、聞いてみようって思った次の瞬間、突然、空中に白い脚が現れ、さっきのトーガを着た娘が悲鳴とともに滑り落ちてきた。床は柔らかい素材だったのか、その娘さんがバウンドして、尻もちをついた。召喚魔法が使えるのか。

 「アリエル、なぜ、この者を選んだ」

 この娘、アリエルというのか。たしか、シェークスピアの「テンペスト」に登場する空気の精だ。

 しばらく唸りながら腰をさすっていたアリエルだったが、すぐに体勢を立て直すと、「ヨアヒム!なぜ、ここに!」と、指さして叫ぶ。

 王を名指しの上に、指さして叫ぶとは、いい度胸である。しかし、不意を突かれたはずなのに、この反応のよさは何だろうと思う。「テンペスト」では、プロスペロの命令のままに行動するだけだったと思うが。

 「聞いているのはこちらだ」

 なぜか、息が苦しくなる。肺が潰れそうで苦しい。立っていられなくなって、座り込む。いや、魂だから、肺もないし、座り込むはずもないのだが、そんな感じになる。

 アリエルも同様に座り込んでいる。

 「なぜ、この者を選んだのだ」と、王がもう一度聞く。

 しばしの沈黙の後、アリエルが喘ぎながら「白かったからだ」と答える。

 「なるほどな、それは珍しい」

 次の瞬間、苦しかった息が回復する。

 「もう少し威圧しようか」

 「いや、もういい」

 「今のは威圧の魔法ですか」と、自分にもかけられたことも忘れて聞いてみる。

 召喚魔法に威圧の魔法って、さすがは王である。しかも、無詠唱である上に、発動が恐ろしく速く、確実である。

 「そうだ、今度からはこいつだけにかけよう」

 対象を指定もできるのか。

 「陛下は、自らも魔法を使われるのですね」

 そこへ、アリエルが「誰と話しているのだ」と聞いてきた。

 「もちろん」と、王は自分を指さしながら言った。

 「素晴らしい」

 「だから、誰と話しているのと聞いているの」と、じれったそうにアリエルが聞く。

 「こいつだ」

 「もしかして、これと話していると言うの」

 これ扱いですか。

 「そうだ」と、言った後、「思念を声にして意味が通じるようにしたから、お前にも聞こえるだろう」と続けた。

 おお、魔法で翻訳されるのか。しかし、呼吸をするように次から次へと魔法が出てくる。弟子入りさせてもらえないだろうか。

 「なぜ、ゼーレが」

 その前に、アリエルが聞く。

 「こいつは死ぬ前の記憶を持っている」

 「あり得ないわね」

 ここにいますけど。

 「だから、ゼーレが話す」

 それを無視して、王が続ける。

 アリエルは考え込んだ。魂が話すというのは、大精霊にとっても直面したことがないのだろうが、転生物では、神様と魂が交渉しているシーンがよく出てくる。あれは虚構ということなのだろうか。

 「ニフォンとかいう国の、家門名を持つ一般庶民だというたわけた記憶だ」

 ニホンです。もっとも、メルヴィルの「白鯨」にはNiphonと出てくるし、ポルトガル人宣教師の作った辞書にはジッポンと書かれている。

 「何それ」っと、アリエルが両手を広げる。

 「冗談でも酷い嘘ね」

 はい、すみません。

 「嘘はついていない」

 そうです。本当なんです。

 「そんな、とんでもない記憶を信じ込んでいるということ?」

 ですから、本当なのです。信じてくださいって、どちらでもいいんですが。

 「もし、本当なら、こいつは、この世界の住人ではないということだ」


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