表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/302

8 朋香さん

 「今、お父さんと代わるから」と宣言するや否や、電話機をこちらに突きつける。

 受話器から、「えっ、そんな急に」という声が聞こえる。久しぶりに聞く、朋香さんの声である。この人も、慌てることがあるんだと思ったら落ち着いた。

 「お電話代わりました。重行です」と言うと、ほんの少しの静寂の後に朋香さんの声が聞こえた。

 「お久しぶりです」というので、「迷惑をかけましたが、天音さんのお陰で何とかなりそうです」と答える。

 しかし、この状況をどう説明しようかと思う。

 「会いに行ってもいいですか」と、朋香さんのほうから提案がある。

 「それは構わないのですが、入れるか…」と言った途端に、開けてあった引き戸の向こう、掃き出し窓の向こうを蝙蝠らしいものが飛んでいって、闇の中に消えた。

 「いや、ぜひ、お願いします」と言う。

 蝙蝠が入れるのなら、人間だって入れるはずだ。

 「分かりました。着いたら電話します」

 「では、こちらの電話のほうに」

 「表示されているこの番号ですね」

 「そうです」

 「では」と言ってから、天音さんが腕を伸ばしているのに気がつく。

 「天音さんと代わります」とだけ言って、受話器を渡す。

 「お母さん、スマホの充電器と着替え、それにタオルを持ってきて」と注文を付けると、そのまま切ってしまう。

 何だか、嵐みたいな電話だったなと思って、風呂へ行き、天音さんが入れるように準備をする。

 天音さんは、台所で何かしている。何だかいい匂いがしているので、覗いてみると、チャーハンを炒めている。冷凍ものらしいが、案外、手際が良い。

 廊下へ出て周囲を見渡して問題がないか確かめる。玄関にスリッパを置く。なんだか、落ち着かなくて、スリッパの角度を何度も確かめる。

 しばらくすると、電話が鳴った。

 「そのまま入ってきてください」と言って、表へ出る。

 エントランスの闇の中から朋香さんが現れる。思わず手を広げる。朋香さんが飛び込んでくる。

 「お帰りなさい」と、懐かしい声がする。

 「ただいま」と、温もりの中で、噛みしめるように言う。

 一分ぐらい、そうしていたと思う。

 後ろで、遠慮がちな咳払いがする。

 「ご飯、冷めるよ」と、天音さんが言う。

 「えっ、ありがとう」と、朋香さんが言う。

 「早かったわね」

 「飛び出すなり、タクシーを捕まえたから」

 「えっ、もったいない」

 「ツー・メーターだったから、千円しないわよ」

 「それで、充電器と着替えは」

 しかし、朋香さんが持っているのは財布と携帯だけである。

 「では、と言われた瞬間に飛び出したから、そんなの知らない。そんなに必要なら自転車で取ってきたら」

 「それが、朋香さん」と言って、門の方向に歩く。

 「出られないのです」

 手足を動かしているのに前へ進んでいかない自分を見て、「ふざけているわけではないですよね」と、朋香さんが確かめるように呟いた。

 「はい、天音さんも出られません」

 「えっ」と、天音さんが口に手をやる。

 そして、自分も試してみて、それが事実であることを確認する。

 「二人とも生きているのですか」

 「それも微妙です」

 「どういうことでしょうか」

 「説明が難しいのですが…」

 「中に入ったら」と、驚きから戻ってきた天音さんが声をかける。

 「邪魔者はお風呂に入っていますんで」

 「そうさせてもらってよろしいでしょうか」

 「もちろん、どうぞ」と玄関の扉を開ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ